判例を調べるのが仕事の例繰方。南町奉行所の地味な内勤与力が幼馴染みと組んで天下無双の影裁き!

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はぐれ又兵衛例繰控【一】駆込み女

『はぐれ又兵衛例繰控【一】駆込み女』

著者
坂岡真 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575670202
発売日
2020/10/15
価格
726円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

判例を調べるのが仕事の例繰方。南町奉行所の地味な内勤与力が幼馴染みと組んで天下無双の影裁き!

[レビュアー] 田口幹人(書店人)

時代小説界の至宝、坂岡真が放つ令和最強の新シリーズ! 書評家の田口幹人が読みどころを紹介する。

 ***

 今年は、コロナ禍と半沢直樹の一年だったといえるのではないだろうか。

 日曜の夜、「倍返し」が発せられる瞬間に自身の境遇を重ねていた方も多かったのではないだろうか。新型コロナウイルス感染症は世界中で猛威をふるい、いまだに先の見えない状況が続いているモヤモヤから一瞬でも開放してくれたドラマだった。

 今からちょうど200年前の文政三年(1820年)の9月下旬から、ダンボ風邪と呼ばれる病が流行し、翌年二月にはその第二波が猛威を振るい、「一家十人なれば十人皆免るる者なし」といわれるほど広がったと記録されている。

 坂岡真著『はぐれ又兵衛例繰控(一) 駆込み女』(双葉文庫)は、ダンボ風邪が大流行していた文政四年二月、南町奉行所の与力や同心は、布切れで鼻と口を覆い、互いの間合いを遠くしながら会話をしていたという記述から物語が始まる。200年前の江戸でも、マスクを着用し、ソーシャルディスタンスを保ちながら暮らしていたのか、という妙な親近感を覚えニヤリとしてしまう。

 本書は、幕政が腐敗し綱紀の乱れが横行していた江戸を舞台に、刑律や判例を熟知している例繰方与力にして、香取神道流を極めた剣客である平手又兵衛が、唯一心許せる幼馴染み・鍼灸揉み療治の長元坊とタッグを組み、市中にはびこる闇が引き起こす負の連鎖に迫る物語だ。

 時代小説界に新たなヒーローが誕生した! と言いたいところだが、奉行の下で刑律や判例を調べる例繰方の又兵衛は、過去の判例を整理し判決録を保存することで吟味方をサポートする三十八歳の冴えない独身の男である。同僚と交わることもせず、粛々と己の仕事をこなすタイプの堅物で、机上の帳面や文筥、さらには茶わんや皿の置き方にまでこだわりを持ち鬱陶しいほど細かい性格の男、というヒーローとは程遠い人物である。周りからはぐれ者と思われていることさえ望んでいる風変わりな又兵衛は、裏切り、騙しあい、謀略など、自身のまわりの理不尽な禍をもたらす者達を、香取神道流を極めた腕で成敗する正義感の強い別の顔を持っている。そんな又兵衛が繰り広げる「倍返し」は、おそらく多くの読者の心を摑むだろう。

 本書の魅力はそれだけではない。しっかりとした読み応えのある中編で構成された、洒落、謎解き、恋情と、バラエティに飛んだ三編が収録されているが、いずれも現代の問題が物語の中に盛り込まれている。特に、コミカルになりがちな時代小説の笑いを、シリアスな情況に紛れこませた洒落っ気で表現した『駆込み女』は秀逸だった。

 個性的な脇役たちやクセやアクの強い面々が次々と登場するが、読み進めてもその面々は未だ影を潜めている。彼らは今後、又兵衛とどのようにして絡んでいくのだろうか。そして又兵衛の日々の暮らしがどのように変化していくのか、目がはなせないシリーズの誕生を祝いたい!

双葉社
2020年11月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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