現場でしか執筆しえないレポート「中国コロナ」の真相にせまった一冊

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現場でしか執筆しえないレポート「中国コロナ」の真相にせまった一冊

[レビュアー] 福島香織(ジャーナリスト)

 新型コロナ肺炎に関する書籍は、ジャーナリスティックなものから、医師の視点のもの、米中関係や国際社会を俯瞰したもの、武漢市民のロックダウン中の日記など山のようにある。そうした多くの「コロナ本」の中で、本書は「中国コロナ」にまつわる事象を、中国の公式発表や新聞記事、SNS情報などを時系列にそって、もっともきっちり整理した「記録」の一つだろう。そうした本はほかにもあるのだが、著者の宮崎紀秀氏が当時北京にいたことが、重要であり価値がある。サブタイトルのとおり、中国のインサイドから、この世紀の疫病の発生とパンデミックへの拡大を観察した日本人ジャーナリストのレポートである。

 現場に居合わせるというのは、ジャーナリストにとって最大の幸運だ。そういうラッキーを「取材の神様に愛されている」と、私は形容してきた。

 2003年のSARS発生時に北京にいた私も、当時は取材の神様の寵愛を受けていた一人だったと思う。防護服を着て病院や隔離施設の医者や患者を取材したにもかかわらず、感染せずに記事が書けた。だが今回の新型コロナ肺炎については、遠く東京からインターネットを通じて断片的な情報を漁るのに精いっぱい。実は私も「コロナ本」を5月に上梓しているのだが、中国の現場取材は含まれていない。だから正直、コロナ震源地近くで取材できた宮崎氏がうらやましい。

 本書には、私が確かめたかったこと、知りたかったことが、きちんと現場取材されている。第4章の「武漢の日本人を救出せよ」と第6章の「コロナ禍の首都」の部分だ。ロックダウンされた武漢から日本人およびその配偶者ら828人を計5回チャーター機を飛ばして救出するという困難なミッションを、大使館職員たちはどのように遂行したのか。中国との交渉途中で安倍総理が「(チャーター機などで)希望者全員を帰国させる」と表明してしまい現場の職員たちが騒然となったことや、空港までのピックアップ車の不足を武漢の中国人企業家の協力で切り抜けたエピソードは本書でしか知りえなかったドラマだ。自宅マンションの出入りにも数回の検問を受けた著者自身のコロナ厳戒下生活も興味深かった。

 北京では外国人記者への監視と圧力が猛烈に強まっており、中国現場取材の困難さはSARSのころの比ではなかったろう。だが、コロナ震源地をより近くで目撃しえた者には使命がある。一人の報道記者として、「中国コロナの真相」にせまった一冊だ。

新潮社 週刊新潮
2020年11月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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