『暴君――シェイクスピアの政治学』
- 著者
- スティーブン・グリーンブラット [著]/河合祥一郎 [訳]
- 出版社
- 岩波書店
- ISBN
- 9784004318460
- 発売日
- 2020/09/19
- 価格
- 946円(税込)
なぜこんな人物が国の首位に就くのか そのメカニズムを読み解く
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
四年前、“Make America Great Again!”と叫んで、大統領選にまさかの当選を果たした人物がいる。次期大統領選を目前に、暴君ぶりは激化しているようだ。
シェイクスピア劇『ヘンリー六世』で、ひどい暴君となるジャック・ケイドなる人物(モデルが実在)が、“make England great again”と民衆を煽るのをご存じだろうか? 指導者の発想は繰り返すということだろう。『暴君』はこうした例を沙翁劇から引きながら、なぜ「国民の利益を考えずに私利私欲に走り」、「皮肉な態度や残酷さや裏切り体質」の人物が国の首位に就けてしまうのか? というメカニズムを読み解く。
リチャード三世は醜い容姿ゆえに、強烈な支配欲と嗜虐性をもつに至ったと分析。一方、忠誠心を備え、「信頼の厚い軍指導者」でありながら暴君となりはてたのがマクベスだという。
とはいえ、どんな場合も、そこには必ず支えたり唆したりする者がいる。本書ではこんな人々も「支援者」とみなす。(1)疑うことを知らない人。(2)怯えてなにもできない人。(3)(悪事の)忘れ癖がある人。(4)覚えているのに平穏が続くと思いこむ人。(5)権力にすり寄り甘い汁を吸おうとする人。(6)面倒を避けたい人。(1)から(6)の人間を一つも心中に飼っていない人などいるだろうか?
また、シェイクスピア劇には「種本」があると言われるが、これは彼のパクリ癖のせいではないことがよくわかる。当時、女王や政治や英国国教会の批判ととられかねない劇を上演するのは危険。シェイクスピアは舞台を遠い国や時代に設定し、遠回しな諷刺を行った。その際、史実の裏付けになるよう、歴史文献や先行作を使ったのだ。これは反逆心よりも、刺激的な劇材で観客を掴みたいという商売心だった。
暴君は一人にしてならず、暴君とは人々の欲望と妄念が生みだした怪物なのだと実感する必読書だ。