金閣焼亡に魅せられた狂気の真相を精神科医が追究する

レビュー

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金閣を焼かなければならぬ

『金閣を焼かなければならぬ』

著者
内海健 [著]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309254135
発売日
2020/06/20
価格
2,640円(税込)

書籍情報:openBD

金閣焼亡に魅せられた狂気の真相を精神科医が追究する

[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)

 金閣寺を焼くというのはまさに前代未聞の行為である。たしかに犯罪ではあるが、一般の類型化された犯罪とはちがって、ちょっと常人の理解を寄せつけない狂気を感じる。人間存在の底暗さがのぞくだけに、人はこのような行為に理屈を超えて惹きつけられてしまうのだろう。

 キーワードは離隔という言葉である。離隔とは現実と認識との埋めがたい食い違いのことだ。

 林養賢による金閣放火が自由の概念から論じられており、ハッとした。ある行為が完全に自分の内側から発せられたとき、それは自由だが、自由であるほど因果や脈絡を欠いているだけに他者には狂人のふるまいにしか見えない。彼の金閣放火には動機がなく、~しなければならないという内在的自発性しかないという。

 金閣焼亡を題材に傑作『金閣寺』を著した三島由紀夫も離隔の人だった。三島のあまりにも明晰な頭脳は、あらゆる出来事を、経験する前から言葉で予測し解釈できてしまう。そのため彼は現実の事件に触れることができず、若い頃から言葉による認識の内側でのみ世界を構築してきた。認識から現実への回路をいかに切り拓くか、これが三島にとって生きる上での大きな命題だったのだ。

 金閣焼亡に魅せられた三島は、これを小説に仕立てて、自身の離隔の問題を文学的に昇華させたわけだが、彼のこのアプローチは、図らずも後に分裂病と診断された林養賢の行為の核心を衝いているという。

 本書のテーマは金閣焼亡の一件にとどまらない。離隔を解消しようとした三島はその後、現実の行為を追究した末に、自衛隊に決起を促し割腹自殺するという最期を迎える。この三島の行動も常人の理解を拒む狂気であり、不気味なだけに人を惹きつけるわけだが、本書を読むとこの行動こそ実は三島にとっての金閣放火だったのではないかとも思えてくる。三島文学の理解のためにも必読の書であろう。

新潮社 週刊新潮
2020年11月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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