都市空間に現われる二十五の生き物 想像を絶するイメージに呑み込まれる

レビュー

10
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内なる町から来た話

『内なる町から来た話』

著者
ショーン・タン [著]/岸本佐知子 [訳]
出版社
河出書房新社
ISBN
9784309208039
発売日
2020/08/26
価格
3,190円(税込)

書籍情報:openBD

都市空間に現われる二十五の生き物 想像を絶するイメージに呑み込まれる

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 都心を歩いていたら、犬にしてはしっぽの大きな生き物が目の前を横切っていった。あっと思う間もなく灌木のなかに消えたのを見て、何かの秘密に触れたような高揚感を覚えたが、本書にはそのときの興奮に通じるものがある。章の冒頭に物語があり、次にそのなかのシーンを描いた絵が置かれている。どんなイメージが現れるかわくわくしながらページを繰ると、想像を超越するイメージの豊かさに呑み込まれてしまう。

 二歳の子供は父の運転する車で家に帰る途中、ハイウェイに馬が走っているのを見た。父親はそんなものはいないというが、彼にははっきりと見える。かつて人間の暮しに欠かせなかった馬たちは、車に座を譲って退場し、いまは高架橋に並んで夜の街を見下ろしているのだ。悲哀のなかに崇高さが感じられる、一度見たら忘れられないシーンだ。

 登場する二十五の生き物は、大きなものはシャチやヤク、極小のものはハチで、現れるのは、ビルの八十七階、ハイウェイ、病院、学校の教室、裁判所、重役会議室、空港ターミナルなど、いずれも都市のなかの空間である。

 ワシは空港の待合室で獲物をつかまえ、スライスされて消えかかったブタはアパートのいちばん奥の部屋に座り込み、クマは弁護士を伴って裁判所に現れ、カエルは重役会議のテーブルにのっている。どのシチュエーションにもそこでなければならない必然がある。生き物の習性がつぶさに観察された成果だ。

 人と自然のあいだに明確な区分がなく、降りかかるどんな運命も受け入れていた太古の時代の、「人間がいようがいまいが僕らの頭上に大昔から広がっていた、あの冷たい底無しの神秘」に、タンの心はとらえられている。その時代を都市空間に幻視するところがすばらしい。ハイウェイに馬が走るのを見ることのできる子供が、彼のなかに今も生きているのだ。

新潮社 週刊新潮
2020年11月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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