事件をきっかけに己と向き合う若者像 時代を超えて心に響く

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  • シカゴ・ブルース【新訳版】
  • 償いの雪が降る
  • セーラー服と機関銃

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事件をきっかけに己と向き合う若者像 時代を超えて心に響く

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 青春ミステリの古典的名作、フレドリック・ブラウン『シカゴ・ブルース』が新訳(高山真由美訳)で甦った。原書が発表されたのは一九四七年。しかし本書に描かれる青春の痛みは、時代や国境を越えて今を生きる若者の心に響くはずだ。

 主人公の“ぼく”ことエド・ハンターは印刷会社の見習い工として働く一八歳の青年だ。エドはある朝、家を訪ねてきた刑事から、父が路地裏で死体となって発見された事を聞かされる。父は頭を殴られて死んでおり、警察の見立てでは強盗の仕業ではないかという。エドは移動遊園地に勤めるおじのアンブローズとともに、父親を殺した犯人を追う事を決意する。

 父親が死んで初めて、自分は父の本当の姿を何も知らなかった事にエドは気付く。真に他者を理解したいという欲求が青年を突き動かし、大人の階段を昇る試練へと向かわせる。その過程を探偵小説のプロットと重ね合わせて描いた点に、本書の先駆性があるのだ。

 エドを取り巻く人物たちの魅力も捨てがたく、特に人生の指南役としてエドに語りかけるアンブローズの言葉は、何度読んでもしみじみとする。

 エドのように事件の謎解きに挑む事で、己の人生と向き合う若者を主役にしたミステリは多い。アレン・エスケンス『償いの雪が降る』(務台夏子訳、創元推理文庫)は家庭の問題で鬱屈した日々を送る青年が、少女暴行殺人で有罪となった末期がん患者と出会う事で変わっていくドラマを描いた小説だ。過去の痛み、そして未来への不安を抱く主人公の揺れ動くさまが眩しく、真摯でまっすぐな思いにとらわれる。

 大人の世界に足を踏み入れる事で、苦い思いと共に成長していく少年少女を描く事に長けたミステリ作家といえば、赤川次郎だ。映像化で名高い『セーラー服と機関銃』(角川文庫)では、父の死によって弱小ヤクザの組長を襲名してしまう高校生のヒロインが清々しい活躍をみせる。肉親の死をきっかけに大人へと変貌する主人公像など、『シカゴ・ブルース』のエドと相通ずる点がある。

新潮社 週刊新潮
2020年11月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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