『音楽の危機』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
不要不急とされた音楽文化の行方を探る
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
コロナ禍で緊急事態宣言が出されたとき、不要不急とはなにかということばかり考えた。いっとき集会を中止するのは必要だろう。しかし、神社仏閣や教会、競技場、図書館や劇場などは、みんな不要不急の(生命の維持に必要ではない)施設なのだろうか?
この問題を、わたしの知る限り最も正面から扱った本が出た。岡田暁生『音楽の危機《第九》が歌えなくなった日』は、世界中で生の音楽が消えた日々を振り返りながら、コンサートであれカラオケであれ、もともとは人間が集まってする祈りにルーツがあることを思い出させてくれる。
音楽というといまはまず「録音の再生」を思い浮かべるが、録音以外の音楽がなくなったら世界はゆっくりと死んでいくだろう。人と人とが同じ場所に集い、時間の流れを共有することが音楽の本質。それをどうやって守るか、生き延びさせるか。これは音楽だけの問題ではない。教育も医療も家庭も「時間を分かち合う」ことから始まるものであり、人間が人間にしてあげられることというのは、究極のところでは自分の身体と時間を分け与えることしかないのだと思う。
著者は音楽が「時間モデル」であるとし、賞味期限の切れた「右肩上がり」のイメージに代わるものを示すのが次代の音楽だと考える。いま、人々はループ型の(明確な「終わり」のない)音楽に一時避難しているが、突破口はどこにあるだろう。人間社会の未来を音楽から探る力作だ。