『ガチガチの世界をゆるめる』
書籍情報:openBD
「生産性」の意味を問い直す能動的で鮮やかな発想の転換
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
電車やタクシーに乗っていると、“スキルアップ”や“生産性の向上”を謳う広告がやたら目につくようになった。もちろん上を目指すのは悪いことではない。でも一様に顎を掴まれるようにして走っているうち、息切れを起こし、気づけば心身ともにボロボロ……なんてケースも少なくない。
そういった、無意識のうちに刷り込まれる価値観で凝り固まった社会をときほぐしていく快著が『ガチガチの世界をゆるめる』だ。試し読みの段階で評判を集め、発売からわずか1週間で重版出来。人びとの関心の高さがうかがえる。
著者の澤田智洋氏は、コピーライターにして「世界ゆるスポーツ協会」なるものの代表理事。これまでに「500歩サッカー」や「イモムシラグビー」(詳細はぜひ検索してみてほしい)などのユニークで愉しい競技を編み出してきた。
「ゆるスポーツ」創出のきっかけは、数年前に生まれた息子の目に障害が見つかったこと。加えて澤田氏自身、子供の頃からスポーツが大の苦手だった。だが、そもそもスポーツの定義とは「ある制約(ルール)の中で能力を競い合うもの」。ならば、制約に人びとの身体を適応させるのでなく、制約のほうをさまざまに動かしてみることだって「スポーツの可能性」の追求では? ――そこには「生産性」という単一の尺度の意味を問い直す、鮮やかな発想の転換がある。
本書の発行元は『しょぼい喫茶店の本』や『なるべく働きたくない人のためのお金の話』といった話題作を次々に送り出している百万年書房。代表取締役であり担当編集者の北尾修一氏は「生きることのキツさの水位を1ミリでも下げられるような本」を出すことが目的だったという。
「とはいえ、本書は単に“ゆるい”状態を称揚しているわけじゃないんです。“ゆるめる”ないし“ゆるライズ”というオリジナルの動詞が象徴するように、自分が世界に合わせるのではなく、世界のほうを変えていく主体的なアクションを提唱する。そういう能動的な姿勢にこそ、本当の意味で世の中を豊かに耕していく力があると信じています」(同)