知らない世界、人間、価値観、言葉と出合えるのが、小説の楽しさの一つ【李琴峰『星月夜』インタビュー】

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星月夜

『星月夜』

著者
李琴峰 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717198
発売日
2020/07/15
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

知らない世界、人間、価値観、言葉と出合えるのが、小説の楽しさの一つ【李琴峰『星月夜』インタビュー】

[文] カドブン

群像新人文学賞優秀作の小説デビュー作『独り舞』、芥川賞と野間文芸新人賞候補の『五つ数えれば三日月が』など話題作を刊行してきた李琴峰(り・ことみ)さん。新作は、二〇一七年の東京を舞台に、私大で日本語教師をしている台湾人と、新疆ウイグル自治区出身の留学生の、二人の女性を主人公にした物語です。

――本作の着想はどのようなところからでしょうか。

李:ウイグル人のことを描きたいというのが出発点です。二〇一五年に中国旅行で、ウイグル自治区から比較的近い西安を回ったのですが、現地の人、特に漢民族の人たちが、ウイグル人に対しあまり良いイメージを持っていなかったことを当時知りました。更に聞くと中国の他の地域でも、作中でも描きましたが例えばホテルで宿泊を断られるなど、ウイグル人が差別を受けている実態があった。今のような弾圧が行なわれる前だったにもかかわらず、です。それまでも、ウイグル人や自治区について教科書に載っているような知識は作中の台湾人・柳凝月と同様にありましたが、実感としては理解していなかったことを当時思い知った。それがずっと自分のなかで問題意識としてあり、書き始めた二〇一七年、やっと小説の形として表現できました。

――ウイグル出身で日本の大学院を目指す玉麗吐孜と、もう一人、日本語教師の柳が主人公です。

李:一人の主人公だけでは、上手く小説として仕上げられないと思いました。また私は、女性同士の恋愛を描くというのがずっと大きなテーマですので、もう一人主人公を設定しました。柳という人物の描写には、自分の体験や経歴を活かしたところもあります。日本語教育や、学会のシーンなどですね。この物語は言語にまつわる話になるだろうという予想もあり、冒頭の日本語教材の場面も、自然に生まれました。

――とても印象的な書き出しです。言語にまつわる話になる予感は、最初からあったのでしょうか。

李:本作を書き始めたのは、デビュー作のあとの短編の次くらいで、小説創作の結構最初のほうなんです。自分は、母語ではない日本語で小説を書いているので、言語に対する問題意識が根底にある。東京に留学しているウイグル人と、東京で日本語を教える台湾人と、異文化異言語が入り混じる作品ですので、言語は絶対一つのテーマになると思っていました。

――後半、二人の会話を、玉麗吐孜のバイト先のコンビニの同僚・絵美が聞く場面があります。会話の内容は恋人同士の関係が変化する切ない流れですが、中国語が分からない絵美にとってはまた別の意味を持つ。言語と恋愛とが絡む、非常にドラマティックで印象的なシーンでした。

李:このシーンもそうですが、物語全体で、構成を予め練ったわけではなく、それぞれの場面はごく自然に生まれました。細かいことを事前に決め切らず、二人の日常生活ってどんな感じなんだろうと考えながら書いていったのです。そのなかで自然と、小説としての運動が起こり、ちゃんとクライマックスも出来上がりました。もちろん書いているときは苦しみもあります。いいシーンが思いつかなかったり、適切な言葉が見つからなかったり、書いた後になんて稚拙な文章なんだと思ったり……。

――読者としての立場では、李さんの文章は本当に美しく、まるで発光しているかのようです。

李:日本語は自分にとっては第二言語で、しかも言語習得の臨界期を過ぎてから学び始めたので、母語話者同然に操ることは出来ない。けれど、なるべく磨くことは出来るという気持ちで向き合っています。だからこそ、言葉の使い方に対する意識は高いとは思います。

――玉麗吐孜はウイグル語で音も通ずる星、柳先生は月に喩えられますね。これまでのご著書でも繰り返し使われているモチーフです。

李:無意識でしたが、子供のときから星、宇宙や天体など、人知がとうてい及ばない世界への憧れがあったので、それが反映されているのかもしれませんね。

――二人は女性同士の恋人で、今の社会ではまだ異質に見られてしまうことも、親との関係性なども含め描かれます。先ほども話が出ましたが、これまでも女性同士の恋愛を正面から描いていますね。

李:少数民族、言語、国籍、そしてセクシュアルマイノリティの問題など、本作は沢山の柱があります。同性同士が恋愛するうえで遭遇するだろう困難や差別を無化して描いてきた作品がこれまでにあまりにも多く、私はそういうところを大事にして逃げずに描きたい。小説を読む楽しさの一つに、知らない世界、人間、価値観、言葉などと出合うことがあると思います。異国の人間や、触れたことのない立場の人、知らない言語などが出て来ても、怯えたり怖がったりせず、疑問があれば調べたりしながら読んでもらえたら、世界が広がると思います。

取材・文:編集部

KADOKAWA カドブン
2020年11月01日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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