われもまた天に 古井由吉著 新潮社

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われもまた天に

『われもまた天に』

著者
古井 由吉 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103192121
発売日
2020/09/28
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

われもまた天に 古井由吉著 新潮社

[レビュアー] 栩木伸明(アイルランド文学者・早稲田大教授)

 今年2月に逝った小説家の、連作4編を収めた最後の短編集。2019年の立春から晩秋へ移りゆく季節を背景に、病を養う老人が身辺の雑事を淡々と語る。だが、私小説かと思って読むうちに、記憶や思索が今とここを見慣れぬものへと変貌(へんぼう)させ、内なる深淵(しんえん)が口を開く。

 「雛(ひな)の春」では病院に飾られた雛人形が季節を告げる。ゆえあって自宅に死蔵されていた雛を思い出すと、空襲の記憶が炎上する人形の顔を呼び、その顔が能面の記憶を誘引し、雪の夜にすれ違った女の顔に結びつく。しまいには、雪道に漂ってきた「人肌のような」匂いが、語り手の思いを雛のもとへ連れ戻す。連歌的な心象の変転が不気味な美を放つ短編である。

 「われもまた天に」には、夏の天候不順が描かれる。「疫病」への言及と、人の世と天の乱れの連関をめぐる思索が、小説家の没後に出来したコロナ禍を予言するかのようだ。

 語り手はまた、若い頃山登りをしたとき谷川へ落ちて行方不明になっていたら、今頃親類が自分のことを思い出してくれるだろうかと考える。だがふと、縁者がすでに皆故人であると気づき、想起する者とされる者がすり替わる。その瞬間、散文は宙返りして詩に化ける。

 「雨あがりの出立」では何度か、語り手の自我が静かに分裂する。「今の我身」が苦しげな「年寄りの立居」を見守ったり、「部屋の隅にうずくまる影」を促して「物を取りに立ちあがらせてみた」場面で、一人の人間がする者とされる者を演じ分けると、高齢者の身体感覚がリアルに伝わってくる。夜分手洗いに立つ病人をもうひとりの人物が介護するかのような場面では、薄明の中に老いの身を励ます声が聞こえる。

 「遺稿」は絶筆。秋の夜、語り手は台風の眼(め)に入った病床で「一個の生涯の静まり」を感じ、「父祖の地」西美濃を襲った水害に思いを馳(は)せ、胸の内で里帰りする。作者はその場面まで書いて逝った。未完の完結と呼ぶべき作だ。

読売新聞
2020年10月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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