病床で完成させた遺作最後の“私ファンタジー”

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その果てを知らず

『その果てを知らず』

著者
眉村 卓 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065212028
発売日
2020/10/22
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

病床で完成させた遺作最後の“私ファンタジー”

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 昨年11月3日に85歳で世を去った眉村卓は、日本SF第一世代のひとり。1961年にSFマガジンでデビューして以来、筆歴は60年近い。『まぼろしのペンフレンド』『なぞの転校生』『ねらわれた学園』など、何度も映像化されたジュブナイルSF群のほか、会社勤めの経験を生かした“サラリーマンSF”短編や、惑星を統治する官僚の孤独な苦闘を描く《司政官》シリーズで知られる。闘病中の妻のために5年近くのあいだ毎日1編ずつ掌編を書きつづけた実体験は、「僕と妻の1778の物語」として2011年に映画化、主人公の作家とその妻を草なぎ剛と竹内結子が演じた。

『その果てを知らず』は、その眉村卓が、亡くなる4日前まで愛用のシャープペンシルを握り、病床で完成させたという、文字通りの遺作。没後1年を経てようやく刊行された。

 主人公は著者自身を投影した大阪在住のSF作家・浦上映生(うらがみえいせい)、84歳。癌の放射線治療のため入院し、“そろそろ年貢の納め時であろう”と思いつつ、今も病室で小説を書いている。最近、妙にリアルな幻覚を見るが、それもまあ、仕様がない……。

 小説の現在では、いったん退院した浦上が新幹線で久々に上京、小説業界のパーティーに出て、定宿の丘ホテル(山の上ホテル)に泊まる。

 その合間に、過去の回想、SF掌編、夢とも現実ともつかない出来事が挿入される。前半の読みどころは、すべて仮名で語られる、日本SF草創期の記憶。SFマガジン二代目編集長となる森優との交友、早川書房の社長室のこと、星新一の自宅で開かれたSF同人誌〈宇宙塵〉の例会、筒井康隆との出会い……。

 後半になると、瞬間移動をめぐるSF的な挿話が浦上の日常にまで入り込み、現実と虚構、生と死の境が曖昧になってゆく。迫りくる死さえも題材として取り込む、最後の“私ファンタジー”。著者らしい諦念の果てに見える希望が胸に沁みる。

新潮社 週刊新潮
2020年11月12日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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