今も未来も変わらない 長嶋有著 中央公論新社

レビュー

5
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今も未来も変わらない

『今も未来も変わらない』

著者
長嶋 有 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120053351
発売日
2020/09/23
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

今も未来も変わらない 長嶋有著 中央公論新社

[レビュアー] 村田沙耶香(作家)

 もし、20年前からタイムスリップしてきた人がいたらどう思うだろう、と想像するのは、少し奇妙なことだ。私は今41歳で、21歳の自分が実際に生きながら20年間をゆっくりとタイムスリップしてきた光景の中で、すでに暮らしているからだ。

 『今も未来も変わらない』は不思議な小説だ。あらすじでは説明できない小説だと思うが、主人公の星子は40代半ばの女性で、シングルマザーであり、職業は小説家だ。友人の志保とカラオケやスーパー銭湯を楽しみ、映画館で出会った青年に恋をする。この小説の中の日常は、きちんとドラマチックではない。ほとんどの人間の日常と同じように過剰なドラマはない。けれど、私たちは変化する文化の中で生きている。だから、まるで見飽きたように「日常」と呼んでいる光景の中には、不思議な発見や、奇妙な違和感が、本当はたくさん宿っている。

 この小説は、その平凡な光景に実は宿っているものを、きちんと日常の中に存在させてくれている。例えば、久しぶりにカラオケに行って、テーブルの上に「歌本」がないこと。代わりに、液晶の便利な機械が置いてあること。他にも、体温計をふる癖がいまもついていることや、SNSで誰かと深夜に言葉を交換するのがいつの間にか当たり前になっていたこと。

 はっとした場面がある。メッセージアプリの画面の下段の入力欄に、書きかけの文字が残っているのを見て、「新しい機器による、新しい、言葉の残り方だ」と星子は思う。そういう、気が付いていないうちに現れた「新しさ」や、「なくなったもの」の中で誰もが暮らしている。この小説に宿っている眼差(まなざ)しは、私たちの「日常」に本当は含まれている無数のものを、読者に見つめさせる力を持っている。

 楽しくページを捲(めく)っているのに、いつの間にかその唯一無二の眼差しの虜(とりこ)になっているのだ。

読売新聞
2020年11月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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