「ヨーロッパ統合」という夢と現実を理解する――『EU政治論』刊行によせて

対談・鼎談

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EU政治論

『EU政治論』

著者
池本 大輔 [著]/板橋 拓己 [著]/川嶋 周一 [著]/佐藤 俊輔 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784641150737
発売日
2020/07/14
価格
2,420円(税込)

書籍情報:openBD

「ヨーロッパ統合」という夢と現実を理解する――『EU政治論』刊行によせて

[文] 有斐閣

『EU政治論――国境を越えた統治のゆくえ』(有斐閣ストゥディア)刊行によせて、4人の著者にオンラインで執筆のきっかけや、執筆で苦労した点や面白かった点などをお話しいただきました。

池本 みなさん、本日はよろしくお願いいたします。われわれの共著で、7月にストゥディア・シリーズから『EU政治論』という教科書が出版されました。今日は、この本について、いくつかの論点をふまえながら振り返ることができればと思います。事前に編集部と相談した論点に沿うようなかたちで話を進めていきます。

池本大輔

本書のきっかけとねらい

池本 まず、この本を書くことになったきっかけ、あるいはどういったねらいがあって、このメンバーで書くことになったのか、振り返ってみたいと思います。
 話は5年前に遡るのですが、2015年に川嶋さんと板橋さんと私の3人が、『中央公論』(7月号)の企画で「イギリス総選挙が象徴する二十世紀的EUの限界」をテーマに鼎談したことがありました。いま思えばそのときに議論したことが印象に残っており、EU政治の教科書を書くこととなったときに、このメンバーで書いてみたいと思ったのでしょう。その鼎談のあとに、ちょうど有斐閣の岡山さんからEU政治の教科書を書いてほしいという話をいただき、まずは、板橋さん・川嶋さんに一緒に教科書を書きませんかとお声がけしました。
 この話があったときにどう思われましたか。あるいはどう断ろうと思いましたか(笑)?

板橋 私は、たしか学会のときにお声がけいただいたと思うのですが、そのとき同じストゥディアの『国際政治史』の企画にも加わっていたこともあって、実を言えば最初は消極的でした(笑)。それは単に同じシリーズで2つも引き受けていいのかということが気になっただけですけど。

川嶋 私もこの話を最初にいただいたのは学会のときでした。私はそのとき、『中央公論』の鼎談については、それはそれで終わった話だと思っていました。ですから、その鼎談の話をもとにEUの教科書を書くというのは無理筋ではないかと、正直最初は思いました(笑)。また、池本さんはそこまで歴史寄りではないかもしれないけど、基本的にわれわれ3人は歴史研究の人間なので、その3人でEUの教科書を書くって、どういう教科書が書けるんだろうと不安になったというのが正直なところでした。

板橋 最初の会合で3人で話していたときに、私たちブリュッセルのことについてあまり知らないんじゃないかとなって、もう一人必要だという話になりました。それなら佐藤さんしかいないという意見で一致して、すぐに佐藤さんに加わっていただいたという経緯だったと思います。

池本 そうでしたね。最初の会合では、EUの限界だけでなく、われわれ3人の限界も明らかになったということだったと思います(笑)。この3人だけだとイギリス・フランス・ドイツというEUの三大加盟国(その後2020年2月にイギリスはEUを脱退)からみたEUということになってしまいますし、また内容的にもヨーロッパ統合史が中心になってしまいそうでした。それでEUの政策過程について詳しい佐藤さんにも加わってもらいました。

佐藤 そのときにお声がけいただいたのは、2015年の冬に留学先から一時帰国していたときだったと思います。当時書いていた博士論文の報告をさせていただいた研究会で、池本先生と板橋先生もいらしていて、そのときにこの話をいただきました。
 留学中に、ベルギーで難民危機を見ていたり、パリでも大規模なテロがあった時期で、そうした経験もあって、これからEUの捉え方もかなり変わってくるのではないか、というのが自分のなかでも問題意識として持ってたところでした。そのようなタイミングで、EUについて概論を書いてみないかというふうにおっしゃってくださったもので、自分としては是非そういうものに取り組んでみたいと思いました。

池本 ありがとうございます。佐藤さんは、おっしゃるとおり留学から帰ってすぐだったんですよね。そのような時期に、佐藤さんには本当に無理を言ってお願いしたと思います。ありがとうございました。
 結果的にこの4人で教科書を書いたのは、大正解だったと思います。とくに佐藤さんに書いてもらった第6章と第8章が、この本に奥行きを与えてくれていると思います。もちろんEUの政策過程とか社会政策について、それぞれ単体では書かれたものはあるのですが、日本語の教科書に、またEUの全体像のなかに盛り込んであるようなものはこれまであまりなかったのではないかと思います。

板橋 私もこの企画に加わって、よかったと思っています。私はこれまで歴史を中心に勉強してきたのですが、この本では歴史パートを担当せずに「世界のなかのEU」と「共通安全保障・防衛政策」という、これまでかならずしも正面から研究してきたわけでない内容を扱う章を主に担当しました。
 ただ、これは自分から手を挙げたことでした。というのも、2016年の夏からケルン大学のヨーロッパ統合史講座に2年間在外研究する予定だったのですが、そこで共通安全保障・防衛政策についての共同研究プロジェクトに加わることになっていたのです。それで現地での研究内容を、この教科書にぜひ反映したいということで、手を挙げました。そういう意味で、本書は僕にとって在外研究の成果の一つでもあります。

川嶋 私も先ほどは消極的なことを申し上げましたが、EUのデモクラシーとか正統性の話については、前々から自分自身興味があり、正統性とかデモクラシーといったものがEUのなかでなぜ問題になっていて、それをどういうふうに考えればいいのかというのは、何かの機会にまとめたいと思っていました。私が担当した第12章を書くのは実際かなり大変ではあったのですが、招いてくれるというのも大変名誉なことでしたので、多少無理筋とは思ったものの、自分の力の範囲で全力を尽くそうと思ってお引き受けしました。

池本 ありがとうございます。無理筋というのは、川嶋さんがおっしゃったように、3人とも歴史家ということもありますし、われわれはEUだけを研究しているというより、ベースになるドイツ研究・フランス研究・イギリス研究があって、そこからEUをみているという点の2つの意味で無理筋だったということがあったんだと思います。ただ、この10年くらい、EUについて語るときに、どうしても加盟国で起きていることを踏まえないとEUについて語れなくなってきていて、そういう意味では時宜に適った企画だったのではないかと思います。これは、この10年間のEUの動きをみると大いにありうるアプローチだったのではないでしょうか。

佐藤 逆に、先生方のように特定の国からEUをみるというより、むしろEU自体の方に重点を置いて研究をしてきた自分としては、どうやったらうまくこの本に貢献することができるだろうということは、考えていたところでした。会合では、政策過程と社会政策・移民政策について割り振っていただいたので、これならなんとか書けるかもしれないと思ったのを覚えております。

板橋 アプローチの点でもう一ついうと、これは池本さんもおっしゃってましたが、2015年夏の『中央公論』の鼎談のとき、すでに本書の輪郭となるものがぼんやりと見えていたんだなと思います。というのも、そのときの結論は、「EUというのは20世紀的な課題(たとえば平和や復興やドイツ問題)に対処するためにでき、それにはある程度成功した。しかし、21世紀的な課題にうまく対応できず苦しんでいる」といったものだったと思います。この教科書でも、おおむねその筋のストーリーがあって、それが本書の締めである第12章の「ミネルヴァの梟」の話にもつながっているのだと思います。

池本 そうでしたね。『中央公論』の鼎談のタイトルは、「イギリス総選挙が象徴する二十世紀的EUの限界」というもので、イギリスの総選挙にEUの限界を象徴させていいのかというのはありますけど、たしかに20世紀的EUの限界というような話をしましたね。

板橋 たぶん、EUができたこと/できなかったことを冷静に腑分けしていることが本書のポイントの一つだと思いますが、この鼎談のときに3人でその方向性を共有できたと思いました。

川嶋 私も本が届いたあとに、『中央公論』の鼎談を読み返してみたのですが、少なくとも私が書いていることは、あまりそのときから変わっていないなというのが正直なところです。逆にいうと、この鼎談のときと比べて何が自分の中でアップデートされたのかということについては若干心もとないですが。ただ、教科書なので、自分のなかだけで処理するのではなく、EUの何が問題なのかということについて、できるだけわかりやすく書いたつもりなのです。そのあたりは、今後どういった反応が返ってくるのか、あるいは授業で使ったときに学生からどういう反応がくるのかが、楽しみでもあり怖いところでもあります。

池本 佐藤さんには、社会政策・移民政策の章をお願いしたわけですが、留学中に経験されたことやご専門を存分に生かしていただいたと思います。そのあたりの実感はいかがでしたか。

佐藤 私の専門は移民政策で、留学したところがブリュッセルでしたから(ブリュッセル中心主義みたいになってしまったところはあったかもしれませんが)、そこを自分なりにリンクできたのではないかなというふうには感じます。EUの難民危機がこれからどうEUを変えるのかという問題意識があって、この危機を通っていくEUが、それをどのように超えていかなければならないのか、どう変わっていこうとしているのか、という点を、自分としてはうまく結びつけて論じることができたのではないかと感じています。

川嶋周一

執筆で苦労した点や面白かった点

池本 ありがとうございました。それでは次の話題に移りたいと思います。すでにお話しいただいていることもあるのですが、あらためて会合や執筆などこの本を作り上げていくなかで、とくに苦労した点や、面白かった点などについて話を進めていこうと思います。
 全部で20回くらいでしたでしょうか、かなりの数の会合を重ねたというのが一つの特徴です。逆にいうと時間がかかったのは、最初に青写真がなかったからですし、それは私に責任があると思います。
 ただ、20回くらい会合を重ねたおかげで、それぞれの章の関係についてもうまく調整できたかなとも思っています。そのあたりの調整がかなり苦労した点だったと思います。

板橋 20回というのはやっぱりすごいですね。執筆の分担については、お互い書きたいところを担当できてよかったと思う一方で、それぞれ無理して担当した章もあります。たとえば川嶋さんが書かれた第12章であったり、私の担当章であったり、あるいは佐藤さんの社会・移民政策という力技の章があったりと。これはほかのストゥディア・シリーズでもそうだと思うのですが、それぞれの担当の垣根を越えて、たたきあったというのは、とてもよかったと思います。歴史のパートも私が読んでも違和感がない。もちろん池本さんと川嶋さんが書いているんですけど、自分がかかわった感覚はあります。

佐藤 私としては、20回ちかくも会合を濃密にできたこと、原稿を書いて、先生方に様々なコメントをいただけたことなどが、大変ありがたかったなというのがまずあります。政策過程の章についても、会合のなかでご提案いただいた、「曲がったきゅうり」の話などを授業ですると、学生のうけがよかったりします。
 また、環境政策の具体例を政策過程の章に詳しく盛り込んだりしたのも、会合でコメントいただいた点が反映されております。こういったことは何回も会合をして意見交換をしていただいているからこそで、その点は本当によかったと思います。

池本 そうでしたね。政策過程の章の、乗用車の排ガス規制の話は、佐藤さんに無理を言って盛り込んでくださいとお願いをしたように記憶しています。本当は環境政策を独立した章として入れたかったんですが、どうしても章の数などとの兼ね合いから難しいので、政策過程の章で、環境政策の例として乗用車の排ガス規制の話を入れていただきました。

川嶋 お話をうかがっていて、記憶がいろいろ蘇ってきました。いまメールを振り返ってみたら2015年の末くらいから始まっていて、ブレグジットのあの投票が2016年の6月ですから、書いてる最中に、EUのなかですごく大きなことが起きたのですね。もちろんその前からいろいろ起きていたといえば起きていたんですけど、さらにいっそう大きなことが起きてしまったので、そういう意味でEUの政治というのをどう説明したらいいのかっていうのは、私自身もすごく迷いながら書いていたと思います。

佐藤 参加させていただいてから、ブレグジットも起きましたし、いろんな形でEUの問題が生じていくなかで、私も日本国際問題研究所に務めるということになって、動いているEUを並行して追いかけるようなところがすごくありました。

川嶋 対象が実際に動いてしまっているので、なかなか書くのには苦労しましたよね。EUの機構や制度について書いた第5章もさることながら、とくにEUの正統性について書いた第12章については、かなり苦労しながら書きました。反面、歴史パート、とくに第1章については、私が10年近く講義していた内容を煮詰めて書いたので、あまり迷いなく書けました。この歴史パートですが、いまEUがどのようになっているかというのを念頭に置いて書きました。ヨーロッパの過去といまのEUがどうつながっているのか、あるいはどうつながらなかったのか、なぜそうなったのか、といった点を強調したつもりです。
 あと、たんに中身を書く苦労だけではなく、全体の構成について検討するのもけっこう苦労しましたよね。歴史パートの構成については、それほど苦労しなかった反面、歴史パート以降の構成をどうするのかは、二転三転したというか、とくに第11章の位置づけについては、かなり議論しましたね。

池本 たしかに章構成について、進めながら変わっていったということがけっこうありました。それは編者としては力不足だったと思いますが、逆にいえば、最初からはっきりした青写真があってそれに沿うかたちで書いたというよりは、みんなで相談して構成についても内容についても決まっていったという感じで、それはそれでよかったのではと思います。
 第11章について言うと、中東欧をそのなかに含めて、佐藤さんに書いてもらうことになったのは、かなり最後のほうになってから決まりました。これはもともとコラムのはずだったんですが、むちゃぶりでいつの間にか本文のなかに収めるということになりました。

川嶋 最終的に結局4人でそれぞれ一節ずつ書いていって、こういう形でおさめたというのはよかったなと思いますし、この各国政治とEUについて論じた第11章が、ある意味この本を象徴するのではないかなと私は思います。4人の執筆者のなかで狭義の意味でEU研究者だって胸を張って言えるのは佐藤さんが筆頭で、次が池本さんで、多分板橋さんと私は、EU研究者だと言えるかと言われると、言えないところがちょっとあるんじゃないかなと思うんですよね。

板橋 胸を張ってEU研究者でないと言えます(笑)。

川嶋 板橋さんには流れ弾が飛んでしまったかもしれません(笑)。ともあれ少なくとも私は自分がどこまでEU研究者だって言えるかはけっこう難しいところがあるわけですが、こういう風にEUの教科書を書けたのは、まさに先ほど池本さんがおっしゃった、各国の力学がわからないとEUの力学がわからなくなってきてるという状況ゆえ可能だったと思うわけです。ただ、そのあたりのコンセンサスは最初からはっきり見えていたわけではなく、会合を重ねつつできあがっていったものなのかなと。そういう意味でも「各国政治とEU」という第11章があって、この本がこの本たる所以かなというふうにも感じます。

池本 そうですよね。最初はそもそもこの章を入れる必要があるかどうかも議論しましたし、この章をどこに置くかについても変遷がありました。

板橋 この章は、最初は私一人で書くと豪語していました。2000年代に劇的に増えた「ヨーロッパ化」に関する研究を取り込みながら、国家とEUの関係について一般論的なものを提示しようとしていました。しかし、うまく書けなかったですね。
 自己弁護すると、各国政治の力学がEUにもたらす影響というものが、ユーロ危機やブレグジット、あるいはハンガリーやポーランドの近年の動きを見ても、かなり変化しました。それで書ききれなくなって、結局4人の分業になったわけですが、結果的に各国とEUの関係に、より本質的に迫ることができたのかなと思います。

池本 それこそ2017年のフランスの大統領選でルペンが勝ったらEUは本当にまずいんじゃないかという話もありましたからね。それを考えると、いまはむしろ落ち着いた気がするくらいで、イギリスの国民投票以降は、本当にどうなるかわからない時期がありました。

佐藤 各国政治とEUの点でもう一ついうと、2016年から18年ぐらいまでを経ていくなかで、EUについては、各国を重視してみなければならないけれども、やはりある程度EUを一体的に見ないといけないんだというのも、はっきり出てきたように思います。
 それは理論の中でもNew Inter-governmentalismのような議論、つまり各国が前面に来てるんだけどなぜかEUは一体性があるし、強まっていたりするとかっていう話が出てきていることにも現れていると思います。
 その意味で、この本はまさにEUの移り変わりと一緒にできてきたというところがあるのではないかと思いました。

佐藤俊輔

完成後の感想や反響

池本 ありがとうございました。それでは次の話題に移りまして、こちらもすでにお話しいただいたなかでも少し出ていますけど、完成後の感想とか、あるいは本が出てからの反響などについてはどうでしょうか。

板橋 私は、まずこれは最初に合意があったと思うんですけど、網羅的なテキストにはしないというのは、やはり正解だったと思っています。この本の「はしがき」に「網羅的」とありますが、これはポイントを網羅していることを意味しています。つまり、扱う政策や国については網羅性はないのだけれども、EUを考えるときの勘所を網羅したんだ、と。そして、このポイントをおさえていれば、たとえば社会政策のここをおさえておけば、あとは応用でわかりますよねといったことを示せたと思います。本書を通してEU政治の輪郭については、はっきり描くことができたのではないかと思います。

川嶋 私もこの本が「網羅的」だという感想をSNSの中で見たのですが、私自身は文字通りに網羅的に書いたとは思っていません。たぶんそれは板橋さんがおっしゃってくれたように、勘所がちゃんと書いてあるということをわかってくれているのかなと感じてます。

佐藤 私は、この教科書について「初心者でも使えるんだけど、もうちょっと先に行ってる人でも使えるような教科書になってるんじゃないですか」といったコメントであったり、あるいは共著で書いてるのに一貫性があるといったコメントをいただきました。いま「網羅性を気にしないんだけど勘所を」というお話があって、これらのコメントはすごくそこに通じているのかなと思って聞いておりました。

川嶋 これは網谷龍介・伊藤武・成廣考編『ヨーロッパのデモクラシー』(ナカニシヤ出版、改訂第2版2014年)に書かれていることですが、教科書で大事なことは、平均的な網羅性ではなくて、筆者がここは大事なんだと思っているところを強調して書くというような、全体的な見取り図の提示が大事だと言っていて、私はその考えに凄く共鳴をしています。
 私自身が書いたところでいうと、第5章と第12章もそうですけど、やっぱりここはわかって欲しいというところを強調して書いたというところはあります。それは割と皆さんと共有できていることではないかなと思います。

佐藤 私が担当した政策過程の章についても、網羅的というわけではなくて、とくに政策実施のところなどは書かれていない点も多いのですけれども、「一貫性がある」といったようなコメントをいただいたりしたのは嬉しかったです。それは、やはり会合を何度も重ねたということが生きたんだろうなと思います。

池本 そうですね。私たちの本は、事典のようなものにする気は最初からありませんでした。いまは、インターネットがあるので、EUのある側面について調べようと思ったら、かなり細かい情報まですぐに出てくると思います。しかし、そこには問題が2つあって、1つは信頼性の問題で、もう1つは、断片的な情報が得られてもそれをどう体系化するか、あるいは相互の関係をどう整理するかというようなことは、やはりネット情報では難しいという点です。

板橋 その一方で、どうしても応用が効かないものが抜けている点はあって、たとえば安全保障についていうと、対内セキュリティの話はほとんどできませんでした。また、対外関係でいうと、トルコの問題ですよね。これは中村民雄先生(早稲田大学)に原稿検討会でご指摘いただいたのですが、力不足で対応できなかった点です。トルコは、ここ最近の難民政策に関して重要なアクターだし、EU-トルコ関係というのは、もう少し説明があったほうがよかったと思います。

池本 そうですね。トルコもそうですし、小国からみたEUという視点ももう少しあったらよりよかったと思います。中東欧については割と入れることができましたが、ベネルクス諸国やイタリアに対する言及が相対的に少なくて、そのあたりは、EU論として非常に大事な視点だと思いますので、もう少し議論してもよかったかもしれません。

板橋 あとなんといっても、中国ですよね。中国については、会合を重ねるにつれて、どんどん加筆することになって。「世界のなかのEU」という章で、米露中日との関係を扱ったのですが、中国の割合がどんどん増えていったという感じでした。ユーロ危機あたりから中国のプレゼンスは不可逆なものになったと思いますが、ここまで大きくなるとは、構成を考える段階では想定できませんでした。

池本 EUと中国の関係は、この本を書いているあいだに、すごく変わったテーマの一つですよね。この本を書き始めたころは、もちろん人権問題はありましたが、基本的には経済的な観点から中国をみていたはずです。この2年くらいですかね、かなりEUにおける中国の見方に変化がありました。
 あと、先ほども話に出てましたが、EUのうりでもある環境政策を独立した章として入れたかったというのもあります。

佐藤 環境政策についてもっと詳しく書くことができていればというのは、私も本が出来上がってから強く思うようになりました。とくに欧州委員会が新しくなって、グリーンなEUとか、エコロジーなどについて、言われることがかなり増えたと思います。気候変動問題をはじめ、ヨーロッパの環境に対する熱量は、かなり大きいという感じがしています。
 そのあたりを自動車の排ガス規制の話だけに落とし込まず、もっと色々工夫して書けていたら、さらに今現在のEUを捉えるうえでもよかったなというふうに感じています。

池本 環境政策の章を作れなかったのは章の数の問題もあるんですけど、たとえばもう少し歴史のところで京都議定書の話を盛り込むとか、あるいはEUの対外政策のところで環境についてもふれるとかといったような、工夫の仕方はあったかもしれません。そこは少し悔いが残る点といえばそうですね。

川嶋 完成後に思ったことでいうと、私はふだん何かを書き終わったときに、どこか不満に思うというか、ここは書けなかったあそこは書けなかったとか思うことが多いのですが、この本に関してはそこまではそう感じていないんです。割と自分の中で力を出し切って、それなりに2015年から20年にかけて捉えたEUの勘所についてはうまく押さえて、全体像を提示できたんじゃないかなというふうには考えてます。もちろん今後変わりうるEUをこの本で、どこまでビビットに捉え続けることができるかという点はまた別ですが。

佐藤 そうですね。全員で、一つのある程度一貫したEU像みたいなものを出すということが、うまくできたのかなと思います。

板橋 反響という点でいうと、Twitterで本書の出版をつぶやいたら、けっこう反応がよかったんですよね。最近のEUってそんなに日本で関心を呼ぶ対象ではなかった気がするのですけど、いまネガティブな面も含めて、EUについて知りたいという反応が思いのほか多くて、びっくりしました。実は、ストゥディアというシリーズで『EU政治論』を企画していると聞いて、有斐閣さんもチャレンジングだなと思っていたんです(笑)。ただ、ここ数年、難民危機とブレグジットがきっかけですかね、良くも悪くもEUへの関心が日本でも高まっていることは、たとえば学生たちからも感じています。

池本 個人的には、Twitterでオッカム先生(@oxomckoe)にほめていただいたのは嬉しかったです。
一同 (笑)

板橋拓己

教科書の使い方

池本 では最後にこの教科書の使い方について話を移していきたいと思います。これは出版社的にはいちばん強調してほしいところじゃないのかなと思うのですが(笑)。
 この本のうりは一冊でEU政治について勉強できる本だということで、なかなか類書はないのではと思います。もちろんヨーロッパ統合史については遠藤乾編『ヨーロッパ統合史』(名古屋大学出版会、増補版2014年)や、益田実・山本健編著の『欧州統合史』(ミネルヴァ書房、2019年)があり、これらはヨーロッパでの研究水準と比較してもレベルの高い教科書だと思います。ただ、統合史に加えてEUの機構や政策まで一緒に含めた教科書はあまりなかったのではないでしょうか。
 その意味では「EU政治論」という講義にも使っていただけることはもちろん、「国際機構論」のような講義で、EUについて話すときに使っていただけるものにもなっているかと思います。

板橋 われわれ世代でいうと田中俊郎先生の『EUの政治』(岩波書店、1998年)がありますよね。あれはすばらしい教科書だったと思います。それこそ当時のEUの勘所がすべてわかるものでした。しかし、そのころからEU研究やヨーロッパ研究というのが細分化していくわけですよね。日本のEU研究はとても盛んでレベルも高いと思いますし、素晴らしい論文集がたくさん出ています。EU法やEU経済のいい教科書もあります。
 ただ、われわれが書いた本のように、このサイズでEUの全体像・勘所がわかるものは、あまりないのではと思います。例外は中村民雄先生の『EUとは何か』(信山社、第3版2019年)ですが、あれは半期の講義テキストとしては、少し短いかもしれません。

池本 坂井一成・八十田博人編の『よくわかるEU政治』(ミネルヴァ書房、2020年)も今年の春に出版されまして、私も少しかかわっているのですが、この本もすごくいいんですよね。ただ、この本は本当の意味で網羅的というか、私たちの本とは狙いが違うように思います。
 みなさんがご自分で使われるとしたら、どういった講義で、またどういう使い方が考えられますか?

板橋 たとえば僕の本務校である成蹊大学については、その名も「EU政治論」という講義が4単位分あるのですが、そうした講義にはうってつけだと思います。あるいは国際機構論や国際組織論のなかでEUをやるときには使いやすい教科書になっているのではないでしょうか。これを使って、各先生がそれぞれ事例を補っていただいたり、各国政治の部分を本書とは別の国に置き換えて使っていただいたりもできるかと思います。

佐藤 私は、所属校では、国際政治や平和研究という講義を担当しておりまして、平和研究でもEUの話ができると思いますが、どのぐらいやれるかなというのを考えてみたいと思います。でも、まずはゼミで使ってみながらということになるでしょうか。学生の方々が実際に読んだときに、どういうところを疑問に思うかというのは、なかなか実際に使ってみないと難しいところはありますよね。

川嶋 私自身は自分の大学で担当しているのは、歴史の講義なので、この教科書をまるまる使って講義するのは難しいのですが、ゼミで読んでみるのはアリかなと思っています。それと自分で書いていて思ったのは、まったくの初学者の方が一人で読み切るのはなかなか難しいのではないかと思っています。というのは、これは教科書として考えたときの反省点なのですが、たとえば章末に、論点整理のような、初学者の方が読むときのひっかかりのようなものを少しでも提示できていればもっと良かったかな、と思います。

池本 書いていくうちに、当初考えていたものよりは、徐々に難しくなってしまったかもしれないですね。

板橋 でもEUってどうしても難しくて、ややこしいんですよね。川嶋さんも第5章で似たようなエピソードを紹介されていますが、私も、在外研究の受入研究者だったユルゲン・エルヴァートというEU研究者に「日本の学生にEUを教えるのは大変なんです」と言ったら、「いやいや、そんなのドイツ人に教えるのも大変だよ」と返されました(笑)。実際、ゼミや授業に出ていても感じましたが、ドイツの学生もEUの機関や仕組みについて、けっこう知らないんですよね。
 なので現地の人でも理解するのが難しいことを、日本の学生に教えるという難しさはあると思います。だからこそ日本でEUについて教えるときには、日本なりのEUの教科書というのが必要なんだと思います。向こうのEUの教科書はたいてい分厚いんですけど、こういう中くらいの、網羅的ではないが勘所を整理したような教科書が、日本では使いやすいんじゃないかという気がしますね。

川嶋 それは本当にそうですね。授業で使う際には、章ごとの論点などを提示しながら補っていただければ、より使いやすい教科書になるのではと思います。私自身まだ使っていないので、どのような論点がいいのか具体的にはまだアイディアに乏しいのですが、今後そういうことも考えていきたいです。

板橋 いまならオンライン講義に使えるようなコンテンツもあわせて、そういったことをウェブで対応するというのもいいかもしれませんね。

佐藤 ウェブを利用して、様々に役に立つような情報を追加していけたらいいですよね。

池本 ありがとうございました。今後はこのテキストがより講義で使いやすいものとなるようにウェブでのフォローも考えていきたいと思います。あとはどうかご採用をお願いします(笑)。
 最後になりますが、あらためてEUの歴史・制度・政策・正統性の問題について、ひととおり一冊で押さえた教科書というのは日本ではそんなになかったのではないかと思います。そういう意味ではEUについて初めて勉強する人だけでなく、EUのさまざまな面ですでに勉強した人が、それぞれがどう連関しているのか知りたいという場合にも、読んでいただいて面白くなっているのではと思います。
 本日は、お忙しいなかどうもありがとうございました。

(2020年8月12日オンライン収録)

有斐閣 書斎の窓
2020年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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