フィクション、想像力、リアル――『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』刊行によせて

対談・鼎談

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「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン

『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』

著者
梅崎 修 [著]/松繁 寿和 [著]/脇坂 明 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784641165694
発売日
2020/07/17
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

フィクション、想像力、リアル――『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』刊行によせて

[文] 有斐閣

「映画に学ぶ」メリット

梅崎 はじめに、こういう形の授業を始めようとなったきっかけとして、本書の「あとがき」にLSE(London School of Economics and Political Science)のことを書いたんですが、授業そのものというよりも授業と別に行われる鑑賞会でした。私たちのように作品を授業中に解説するという側面はありませんでした。ただ、こういうことをやってるんだと知ったときに、すごくいいなと思ったんです。

松繁 同じ頃に、私も大阪大学で同種の取り組みを始めていました。労働の問題を教えていて以前から感じていたことですが、学生が現実の世界を知らないことが多いので、何とかして現実感覚を持って授業を受けたり実際の問題にも目を向けたりしてほしいなあと思ってはいたのです。そういうときに梅崎先生からLSEのことも聞いて。
 前にも、いろんな会社のトップの方にお薦めの本をあげていただき、その本をめぐる考えや思いをお伺いしたインタビューを、書籍にまとめたことがありました(『社長の書棚』生産性出版、2011年)。それも狙いとしては同じようなことでした。ただ、本から何かを読み取って、現実の問題につなげていくことって、かなり想像力が要るんです。ならば映画にしてみようか、映像のほうがより現実味を持ちやすいのではないか、ということですね。それに昔から、映画監督は現実の問題をクリアカットして、うまくプレゼンテーションされているなあと感心することが多くあったので。
 授業を始めてみて感じたメリットは、あまり重要じゃない点から言うと、学生が飽きない(笑)。それから、授業で話すために映画を見直して改めて感じたことが、やはり映画って時代時代をよく映している。しかも、いま起きている問題だけじゃなくて、それがどういう経緯で生じたかまでわかることがあります。加えてもう1つ、映画の楽しみ方を増やせるということも、メリットだと感じています。

梅崎 私も本書より前に、『仕事マンガ!』(ナカニシヤ出版、2011年)という著作では漫画を取り上げました。漫画も映画も学生にとって親しみのある文化的コンテンツですので、教育に活用すると同じような効果があると思っています。ただ映画のほうが、本当の会社や工場でロケしたりしていることもあるので、よりリアルを感じられるところがあると思います。

脇坂 私はお二人からお話を聞いて、やってみたいと、すぐ賛同しました。実はそんなに映画をたくさん見るほうではなかったんですけど、この仕事をきっかけに見る本数が増えました。

梅崎 仕事にしちゃうことのメリットは、つまらないと思ってた映画も見るようになることですね(笑)。作品どうこうではなくて、作中でたった1つのシーンがすごく時代を切り取っていることがあります。可能性が広がるんですよね。見なかったものも見るようになりますよ。

松繁 それは確かにそう。今の授業を始める前から、労働経済の講義でよく紹介していた映画が2本ありました。それがたまたま両方シルベスター・スタローンの映画なんですけど。
 1本は『フィスト』という作品で、労働組合の映画です。今ってストライキで休講ってこともほとんどないし、テレビに団体交渉で激論している場面が映るようなこともめったにない。学生は労働組合の意味がわからなくなっています。この映画は、「あのアメリカでも」っていうほど過激な労働組合活動を描いているので、よく学生に紹介していました。
 もう1本は『ロッキー』。彼が精肉工場を解雇されそうというときに、「俺のほうが後から雇われたから俺からクビになるはずだ」みたいなことを言う。この台詞で、アメリカの先任権の意味がとてもよくわかります。
 だから作品だの俳優だのの評価はさておき(笑)、映画のあるシーンが実は授業で使えるってことは、梅崎先生のおっしゃる通りなんですよね。

フィクション、想像力、リアル

梅崎 社会科学を学ぶのに想像力は必要かみたいな議論ってありますよね。私はもちろん、フィクションから喚起されて想像力を高めれば分析にも役立つと思っています。しかし反対に、そういうものは余分で、削ぎ落としていったほうがいいんだっていう考えもある。でも、インタビュー調査なんかだと、身近じゃない人のことを想像して相手の経験を理解できないと、そもそも話してもらった内容を読み解けないですよね。統計分析でも、数字の後ろには働く人々の経験がある。学生のインタビューを見ていると、いいこと聞いているんだけど、残念ながら汲み取れてないなあってことはよくあります。だから想像力って重要だと思うわけですけど、一方で、だったら映画なんて見てないで、もっと実地にいろんな人に会いにいけばという主張もありえます。でも、これはこれでちょっと違うというか……。もちろんフィクションをそのまま真実として受けとめてはいけませんが、フィクションをテコにして想像力を高めることで、相手の立場にたどり着くための道がたくさん開ける感じがするんです。

松繁 経済学は数式と統計の世界じゃないですか。すべての学生・研究者に「現場に出ろ」とは言えないところがありますが、せめて映画などで、非常にうまく切り取られた現実を見ておく必要はあると思います。そうでないと、モデルで説明できない現実は、現実が間違いだっていうような、本末転倒な発想になりがちなんですよ。

脇坂 それとやっぱり映像のすごさですよね。パートタイマーの基幹化なんて、研究の蓄積は厚くて、私も授業でも研究会でも何度も話していますが、なかなか残らないんですよ。それが、『スーパーの女』とか『県庁の星』を見せることで、スーッと理解してもらえる。これは何なのかなと(笑)。

松繁 芸術の世界で生きている方々の目のよさってあると思います。『県庁の星』にしても、パートの人が意見する発言の中身とか、よく現実を捉えていますよね。その感性には、本当に感心します。逆にいえば、学者は何をしているんだと、反省を促されます。

梅崎 ただ、そうやってフィクションをジャンプボードにして想像力を拡げてほしいと思う一方で、リアルとフィクションの関係には注意を払わなければならない。フィクションをテコに想像力を働かせつつ、そのフィクションとリアルを見誤らないようにしましょうって、ちょっと複雑ですよね。私たちの執筆でも、映画を題材にしつつも、映画に事実がどこまで反映されているかの確認には気を遣いました。

脇坂 そういうフィクションとリアルの入り組んだ関係に関していえば、『あゝ野麦峠』が一番大変でしたね。有名な映画ですし、学生のレポートを読んでいると、中学や高校で見せられることも結構あるみたい。強烈なステレオタイプだから現実だと思い込んじゃっている人も多いんですよ。一方で研究も膨大にあるので、全部はとても見られませんでしたが、それでも何とか、原作と映画と現実との違いを解きほぐすことを意識して執筆しました。私たちの使命ってそういうところにあるのかなと思います。結果として何人かの学生は考えが変わったと言ってくれましたので、よかったなと。

梅崎 ついこの2月にも、『「女工哀史」を再考する』(京都大学学術出版会、2020年)という研究書が出ました。実際の製糸女工の方々にインタビューしている。そうやって重層的に見れば、『あゝ野麦峠』は紋切り型になりすぎているけど現実は、というように考えられますよね。

脇坂 とはいえ、紋切り型だからこそインパクトがあるんですよ。

梅崎 まあ、そうですね(笑)。

松繁 でも、映画はそうやって「哀史」の側面を強調しつつも、本書でも引用されているストライキについての女工たちの会話とか、女工間の技能差とかも取り上げていますよね。山本薩夫監督はもう亡くなられているので、今となってはこういうシーンをどこまで意識的に入れたのか確認する術がないけれど、あんなふうに主張の強い映画でも、子細に見ていけばそれだけじゃないということは見えてきます。現実には、自分の腕で稼いで「野麦峠」を逆に越えて帰っていった方もいたわけですし。そういうことも知っておくと、映画の見方が深まりますよね。

脇坂 そうそう。だから、こういう議論ができる材料を、私たちが提供しないといけないんですよ。導入として、ああいう時代があったということを知ってもらうには、もちろんいい映画なんですから。

松繁 そう、経済史を捉えるって意味でもね。日本の近代化の背景に彼女たちが稼いだ外貨があるってちゃんと描かれていますものね。残念ながら、それが戦艦とか大砲とかになっていったわけですけど。

脇坂 中学とか高校で見せられるときは、そういう側面への問題意識のほうが強いのかもしれません。でも、ただ見せられただけだと、とんでもない時代だったで終わっちゃう。

梅崎 経済史も、以前はマルクスの影響が強かった。今はそういう全体理論は当てはまらないというのが定説になっています。でも、大学で労働問題を教育するとなると、すべてが細かな事実になってしまって、大きな枠組みがないと教えづらいんですよね。そのことで学生の関心をつなぎとめるのが難しくなっている面はあると思います。ならば、最初は映画などを見ながら、それぞれの職場に対する想像力を高めたほうがよいのかなと。そうでもしないと、どれだけ事実を説明しても残らない、あるいは単なる暗記の問題としてしか受けとめてもらえない。はじめに映画から入ることで、より伝わりやすい状況をつくれると思ってますね。

蒼井優さんと話したい

松繁 何回か申し上げてきましたが、本書をまとめてみて改めて、映画を作った方々が、何を考えてこういう問題をああいう形で切り取ったんだろうと、その感覚に非常に感心することが度々ありました。作り手のみなさんに、ぜひお話を伺ってみたいと、より強く思うようになりましたね。あと、役を演じられた方々にも、演じる前と後で何か変わりましたかとか。
 たとえば『フラガール』は、日本の戦後が経験した代表的な産業構造転換をテーマにしていますが、その問題を、日本全体で見たら小さな問題に過ぎないハワイアンセンターというところに収斂させてね。よくここに注目したなっていう。本当に一度伺ってみたいと思います。それで蒼井優さんに会えれば私は満足です(笑)。

脇坂 それが実現したら私こそ本望ですよ! 大ファンだから。まあ、死ぬまでの夢と思っておきます。私が90歳くらいになって、蒼井さんが60歳くらいのときならできるかも(笑)。

松繁 でも実際、アーティストの感覚って、訓練を積んだ学者と同じような速度で、あるいは、もっと素早く、社会問題の要のところにたどり着く可能性があるわけですよね。今、デザイン思考とかアートとか、よく言われるじゃないですか。その一環で、彼らがアーティスティックな感覚で捉えたものと、分析的な社会科学で見たものを擦り合わせていくっていう作業には、とても可能性を感じています。

梅崎 そういう問題意識で、イベントとか、セミナーとか、これからも実施できたら楽しいですよね。こういう思いつきが尽きないという点でも、本書のような映画本は面白いです。書籍を超えたコラボレーションもいろいろ考えられる、刊行後にも楽しみの多いプロジェクトになったと思います。ぜひ映画を見て、授業にも出て、本も買っていただければ(笑)、著者としては有り難いですね。

(2020年8月4日オンライン収録)

note:http://note.com/yuhikaku_nibu

有斐閣 書斎の窓
2020年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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