私たちは引き返せる最後の地点を通り過ぎつつある――桐野夏生 著『日没』(星野智幸 評)

レビュー

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日没

『日没』

著者
桐野夏生 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784000614405
発売日
2020/07/28
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

私たちは引き返せる最後の地点を通り過ぎつつある

[レビュアー] 星野智幸(小説家)

 こんな恐ろしい本を読んだのは初めてかもしれない。

 私はホラー映画や悪夢が大好きで、見終わった後の、「ああ、夢や創作でよかった」と安堵する感覚への依存症である。しかし、この作品は読んだら最後、二度とその世界から戻ることはできない。

 小説家のマッツ夢井に、「文化文芸倫理向上委員会」、通称「ブンリン」なる組織から召喚状が届く。マッツの作品が性暴力を肯定しているとして読者から提訴があり、出頭して講習を受けよ、という内容だった。通信の環境が悪くなったり、飼い猫が行方不明になったり、作家の自殺が増えているという噂を聞いたりと、身辺で不穏な出来事が続いていたマッツは、無言の強制力を感じてしぶしぶ要請に応じ、指定された千葉県の端の海沿いの町へ出向く。

「療養所」と呼ばれるその孤絶した施設では、作家の更生と矯正という名目のもと、有無を言わせない収容生活を強いられる。ヘイトスピーチ法の拡大解釈により差別的表現はすべて取り締まることになったという根拠を言い立てる施設の側に対し、マッツは、差別を肯定したのではなく性暴力を振るう登場人物を相対化して書いたのだ、と主張するが、聞く耳は持たれない。

 ルールだけが厳しく適用され、目隠しをされているかのような自由を奪われた日々に、マッツは疑心暗鬼の塊となり、消耗していく。そして、もがけばもがくほど、おぞましさの淵へと落ちていく。

 ブンリンの存在は、完全に秘密にされているというわけではないのに、マッツを含め、ほとんど誰にも知られていない。なぜなら、誰も関心を持たないからだ。

 作品の冒頭近くで、マッツはこう述べている。

「私は基本的に世の中の動きには興味がない。というのも、絶望しているからだ。いつの間にか、市民ではなく国民と呼ばれるようになり、すべてがお国優先で、人はどんどん自由を明け渡している。ニュースはネットで見ていたが、時の政権に阿る書きっぷりにうんざりして、読むのをやめてしまった」

 ドキンとした。これは今の私そのものではないか。マッツは虚無に取り憑かれて、世に背を向け、孤立している。そしておそらく、マッツほどではなくても、多くの人が希望から見放され、まわりを見ないようにして生きている。

 その諦めや虚無が、人に知られることなく表現を管理し、心の自由を奪っていく体制を可能にしているのだ。

 マッツは、圧倒的な支配を前に無力感に蝕まれ、ときおり激しい怒りに駆られて抗いながらも、徐々に自らを差し出していく。その姿は、ありうる自分の姿であり、その弱さを知ることは、すでに悪夢は現実に始まっていることを認めることにほかならない。

河出書房新社 文藝
2020年冬季号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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