奴隷にされた少女が命がけの脱出劇 その先にあった世界は

レビュー

8
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  • 地下鉄道
  • ある奴隷少女に起こった出来事
  • ビラヴド

書籍情報:openBD

奴隷にされた少女が命がけの脱出劇 その先にあった世界は

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 白人警官によるアフリカ系アメリカ人殺害事件をきっかけに、黒人差別に抗議するBLM運動が広がった二〇二〇年。読んでおきたい傑作が文庫化された。コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』だ。

 舞台は十九世紀前半のアメリカ。ジョージアの大規模農園で奴隷として暮らす少女コーラは、新入りの奴隷に逃亡計画を持ちかけられる。コーラは命がけで農園を脱出し、奴隷廃止論者が密かに作った「地下鉄道」を使って、黒人が自由に生きられる北部を目指す。コーラを追うのは、復讐心に燃える奴隷狩り人。果たして逃げきれるのか? 手に汗握る展開で、一度読みだしたら止められない。

 当時のアメリカには「地下鉄道」という組織が実在した。南部で奴隷の逃亡を助けることは違法だったため、奴隷は「積み荷」、その輸送役は「車掌」、隠れ家は「駅」と呼ばれたという。史実を丹念に調べるだけではなく、ただの暗号だった「地下鉄道」に本物の蒸気機関車を走らせてしまう著者の発想が素晴らしい。暗闇を疾走する汽車は、コーラを思いがけない未知の世界へ連れて行く。

 白人と黒人が共存するユートピアのふりをしたディストピア、首を吊られた黒人の死体が木々の枝からぶらさがる「自由の道」。人間がどれほど人間を残酷に扱えるのかという例がこれでもかというくらい出てくる。胸がふさがるけれども、いまだに人種差別はなくなっていないから、ただ悲しんでいる場合ではない。

 もう少し深く知りたくなったら、ハリエット・アン・ジェイコブズ『ある奴隷少女に起こった出来事』(新潮文庫)をどうぞ。ホワイトヘッドが『地下鉄道』を書くときに着想を得た本の中の一冊だ。自分を性的に虐待する主人のもとから逃げて、七年間もある家の屋根裏に隠れていたという女性の実話。黒人女性初のノーベル文学賞受賞作家になったトニ・モリスンの代表作『ビラヴド』(ハヤカワepi文庫)もあわせて読みたい。繰り返される〈人から人へ伝える物語ではなかった〉という言葉が重く忘れがたい。

新潮社 週刊新潮
2020年11月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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