エンジニアが読み解く歴史

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エンジニアが読み解く歴史

[レビュアー] 佐藤健太郎(サイエンスライター)

『日本史サイエンス』という意表を突くタイトルの書籍が、科学分野の叢書ブルーバックスから登場した。

 著者播田安弘氏は、大型艦船の設計に携わってきた、生粋のエンジニアだ。本書では、蒙古襲来、秀吉の中国大返し、戦艦大和という日本史上の三つの謎に、船の専門家の視点から新たな光を当てている。

“本能寺の変の急報を聞いた秀吉が、二万の軍勢とともに八日で京都に駆け戻った”とは、よく知られた話だ。敬愛する主君を討たれたがための電撃的行動だという言説を、我々は深く考えもせず受け入れていた。だが、実際にそれをやるとなるとどれほどの困難を乗り越えねばならないか、著者は丹念に検証を行なってゆく。行軍には、一日あたり四〇万個のおにぎりが必要であり、全軍が宿泊できる設備などもなく、隊列が二六キロにも及んでしまう―と聞くと、中国大返しがいかに難事であったか具体的に見えてくる。著者は、秀吉がどうこれを解決したかの推測も行なっているが、これは読者のお楽しみにとっておこう。

 本書の内容は、従来の知見とすり合わせて検証すべきところも多いだろうが、その視点は新鮮だ。続編も期待したいし、類書も出てくることだろう。一ジャンルを切り開いた一冊といえるのではないか。

 ただ、本書の内容は技術面に関することがほとんどであり、「サイエンス」という題名は不適切ではないか。内容が面白かっただけに、気にかかってしまった。

新潮社 週刊新潮
2020年11月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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