誓願 マーガレット・アトウッド著 早川書房

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誓願

『誓願』

著者
マーガレット・アトウッド [著]/鴻巣 友季子 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152099709
発売日
2020/10/01
価格
3,190円(税込)

書籍情報:openBD

誓願 マーガレット・アトウッド著 早川書房

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 二十一世紀のある年、アメリカ合衆国では自然災害や経済不況で国が混乱するなか、宗教保守勢力によるクーデターが起きる。そうして東海岸に成立したギレアデ共和国が、西部や南部の共和国との戦争を続けるなか、国内では中世に逆戻りしたような神政政治が行われ、人々を恐怖によって支配している。

 これが小説『誓願』の舞台設定である。マーガレット・アトウッドがその三十四年前に発表した『侍女の物語』と同じで、続篇(ぞくへん)として書かれている。だが二十一世紀に入って、イスラーム急進主義の神政政治体制や、中東やアフリカで横行している女性の抑圧を、世界中の人々が頻繁に目にした結果、小説の設定はずっとリアルなものになってしまった。この状況を受けて書かれた新作である。

 ギレアデでは、女性は職業につくことも、結婚相手を選ぶことも許されない。それどころか文字を読むこと自体が禁じられ、地図も知らないまま周囲の生活圏に閉じ込められている。ただし、女性の教育と監視にあたる「小母」と呼ばれる女性たちだけは、男性よりは劣位に置かれながらも、指導者層の一員として本を読むこともできる。その中心にいながら体制に対する抵抗をひそかに試みる女性と、そのもとで見習いの「誓願者」の修行を積むことになった二人の少女が、一人称で交互に語る物語である。

 旧約聖書に見える「空飛ぶ鳥が声をはこび、翼あるものがことを告げるだろう」という言葉が、作中で繰り返されるのが印象ぶかい。女性がさまざまな抑圧や暴力にさらされる現実は、程度の違いはあれ、自由な国家でもいまだに続いている。だがどんなに苦しい環境に置かれていても、鳥のように舞いあがって生活の平面を見つめなおし、自分を取り囲む壁の外へ声を伝えることは、きっと誰にでもできる。この小説のなかの女性たちの活躍は、そんな確信を読者に与えてくれるだろう。鴻巣友季子訳。

読売新聞
2020年11月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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