世界の「住所」の物語 ディアドラ・マスク著 原書房

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世界の「住所」の物語

『世界の「住所」の物語』

著者
ディアドラ・マスク [著]/神谷栞里 [訳]
出版社
原書房
ISBN
9784562057917
発売日
2020/09/19
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

世界の「住所」の物語 ディアドラ・マスク著 原書房

[レビュアー] 橋本倫史(ノンフィクションライター)

 道案内を頼まれたら、あなたはどんな地図を描くだろう。多くの人は、目印となる建物から描き始めるのではないか。しかし、本書に登場する都市計画研究家バリー・シェルトンによれば、「似たような地図を描くときに歩道や道路、つまり線以外のものから描きはじめる西洋人には会ったことがない」という。

 西洋人は通りを住所の基本単位とするのに対し、日本人は街区で都市を把握する――シェルトンはその理由を文化の違いに見出(みいだ)す。日本はマス目に文字を書く文化があり、だから都市に対する視点も街区というフレームが軸となるのではないか、と。こうした分析を読むにつけ、どこか居心地の悪さをおぼえてしまう。わたしたちが通りの名前はおろか、実のところ街区の名前にも無関心であることを実感するからだ。

 本書は住所をめぐるトリビアを集めた本ではなく、住所に対する様々な考察や、住所に携わる人々が紹介されている。スラム街に住所を与えることで、人々を貧困から救い出そうと奔走するNGO。住所があやふやな郵便物を1日で1000通近くも解読した宛名判読係。公民権運動の指導者の名を冠したために人種間の微妙な対立が生じ、荒廃してしまったマーティン・ルーサー・キング通りを再興しようと奔走する郵便配達員。通りの名前とは、そこに暮らす人々の属性や人種、階層にまで関係するものだ。

 住所を持つことは、「素性のたしかな人間であることを社会に示すためのツール」であり、アイデンティティにもなってきた。ニューヨークでは住所も売り物となり、「一万一〇〇〇ドルというお買い得価格で、魅力的な住所への変更を市に申請できる」という。この「ヴァニティ・アドレス・プログラム」を利用して、住所を五番街にすれば、実際には五番街に面していなくとも物件が高値で売れるそうだ。

 通りの名前に無関心なわたしたちは、その虚栄心を笑えるだろうか? 神谷栞里訳。

読売新聞
2020年11月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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