『独裁の世界史』
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【聞きたい。】本村凌二さん 『独裁の世界史』 有事に用いたローマ人の知恵
[文] 磨井慎吾
古代ローマ帝国の暴君ネロ、フランス革命時のロベスピエール、ナチスドイツのヒトラー…。世界史に独裁の存在しなかった時代はない。古来多くの国が独裁者の暴政に苦しみ、独裁政治を防ぐ仕組みもまたさまざまに検討されてきたにもかかわらず、現在でも独裁者は現れ続けている。
「今回のコロナ禍でもそうですが、けっきょく非常事態になったとき、意思決定の遅さや民衆の声に迎合して必要な手が打てないなど、民主政治のだめな部分が出てくるわけです」
そう話す著者は、日本における古代ローマ史の泰斗。独裁政治が当たり前の前近代世界の中で、古代ギリシャの民主政とローマの共和政は特に異彩を放つ。本書はこの2つを軸に、独裁を生じさせる政治の失敗のメカニズムと、その克服のあり方を考察する。
特に注目するのが、現代民主政の祖として理想化されるアテネ民主政が実のところ50年程度しか機能しなかったのに対し、ローマの共和政が500年もの間持続して繁栄をもたらした点だ。「この2つは混同されることも多いが別物。共和政は民会が選んだ2人の任期付き執政官が、元老院の貴族たちのリードの下で国政を担うという、民主政的要素と貴族政的要素が混ざったシステムで、独裁に傾く危険性を排除していた」
そしてローマ人は独裁を嫌う一方で、何より迅速な対応が求められる戦争など国家有事の際には、1人の独裁官を指名する仕組みも持っていた。「ただし独裁官の任期は半年に限り、過ちを犯した場合は後日訴追もできるとした。これはローマ人の知恵でしょうね」
今回のコロナ禍では、中国などの迅速強引な対処が独裁のメリットとして指摘されることもあった。だが歴史を振り返れば、そうした議論がすでに幾度も繰り返されていたこともわかる。「ギリシャ・ローマ人の千年以上の経験には、今でもたくさん学ぶことがあるんですよ」(NHK出版新書・850円+税)
磨井慎吾
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【プロフィル】本村凌二
もとむら・りょうじ 昭和22年、熊本県生まれ。東大名誉教授。『薄闇のローマ世界』(サントリー学芸賞受賞)、『世界史の叡智(えいち)』など著書多数。