「孤独のグルメ」出演の松重豊など 芸能人が書いた小説3作

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[本の森 仕事・人生]『空洞のなかみ』松重豊/『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』福徳秀介/『私はいったい、何と闘っているのか』つぶやきシロー

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 いわゆる芸能人が小説を書いた、と聞くとほぼ必ず手を出してしまう。「芸能」の場で仕事をしてきた経験や培ってきた感性が、「文芸」の領域で展開されることにより、他ではなかなかお目にかかれないタイプの作品と出合えることがあるからだ。

『孤独のグルメ』の五郎役で知られる俳優・松重豊は、『空洞のなかみ』(毎日新聞出版)で奇妙なかたちの作家デビューを果たした。前半は短編小説集で、後半は役者としての生活を綴るエッセイなのだ。この本の面白さは、後半部に出てくるエピソード(ノンフィクション)が、前半部のフィクションに形を変えて現れるところにある。例えば、〈芝居の最中に台詞が出て来ないという恐怖。これは役者が死ぬまでうなされ続ける日常的な悪夢の代表なんじゃないのかな〉。八編目のエッセイに出てきたその恐怖が、俳優の「私」を主人公にした小説のプロローグにおいて全面展開され、本編にも沁み出していく。

 本編は、設定が同一のシチュエーション・コメディ(あるいはトラジェディ)だ。〈さて、私は今日、何を演じているのだろうか〉。本番が始まっているにもかかわらず、何も分からないまま、探りながら、「私」はなんとか芝居を続行しようとする。ここに反映されているノンフィクションは、日々違う役を演じ、日々違う自分を生きる俳優という職業の異様さ。元ネタは夏目漱石の『夢十夜』だろうが、中身は妙に筒井康隆チックで面白い。

「キングオブコント2020」の王者となったお笑いコンビ・ジャルジャルの福徳秀介は、小説デビュー作『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(小学館)で、なんともピュアな恋物語を書き上げた。関西大学二年生の小西(「僕」)は友達が一人しかおらず、自分の気持ちを日々飲み込んで生きている。ある日、自分より孤独に見える女の子――桜田花と教室で出会い、少しずつ少しずつ彼女に接近していく。そして初めてちゃんと彼女と言葉を交わした瞬間、〈そう! それそれ〉と他の人には通じなかった会話が通じたことに喜ぶ。そこから一気呵成に、ねえねえ聞いて聞いてと言葉をどしどし相手にぶつけていく感じが、まんまジャルジャルの福徳じゃん!

 登場人物たちの掛け合いが面白いのはもちろんのこと、くすぐりがいっぱい仕込まれた地の文の感性も素晴らしい。物語の展開はシンプルだが驚きがあり、主人公が思いを口にすることの恥ずかしさと向き合うクライマックスシーンは、文芸史に残る新鮮な感動とときめきが炸裂している。芥川賞を受賞したピース・又吉直樹のネクストは、福徳秀介で間違いない。

 おまけで一冊、隠れた名作をお伝えします。つぶやきシローの小説第二作『私はいったい、何と闘っているのか』(小学館)。ピン芸のネタで培ってきた切ない笑いが発揮された、家族小説の傑作なんです。

新潮社 小説新潮
2020年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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