『きのうのオレンジ』
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『善医の罪』
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[本の森 医療・介護]『きのうのオレンジ』藤岡陽子/『善医の罪』久坂部羊
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
医療の最終目的は「生かす」こと。失敗はすぐに死に結び付くが、その死から学び克服して医療は発展してきた。
だが、どうしても治すことができない病気があるのも確かだ。
藤岡陽子『きのうのオレンジ』(集英社)の主役は33歳の笹本遼賀。五反田のイタリアンレストラン「トラモント」の店長である。胃の不調で受けた検査で胃がんを宣告される。
地元の岡山には、母と高校の体育教師をしている弟の恭平が住んでいる。4月生まれの遼賀と3月生まれの恭平は、同級生には双子だと思われていた。15歳の頃、父と登山した那岐山で二人は滑落、遭難した。九死に一生を得たのは、兄弟のお互いの体温と遼賀の冷静な判断のおかげだった。
早期と思われていたがんは手術の結果リンパ節への転移がみられ、抗がん剤治療が開始された。副作用の苦しみと先への不安から病院を抜け出し、ひとり桜を見る遼賀は、地元に帰り家族のもとで治療を続ける決心をしていた。
本人も周囲の人たちも「治る」「治す」と決意しても、病気は思うようになってくれるわけではない。それでも山で遭難したときに遼賀は「生きる」と決めたのだ。
日本人の死因の一位が「がん」であるという現在、誰もが遼賀のような経験をする可能性がある。特別な物語ではないのに、最後には救われた思いでいっぱいになる。
毎年のように医療過誤事件が報道される。久坂部羊『善医の罪』(文藝春秋)は、1998年に川崎協同病院で起こった「気管チューブ抜去・薬物投与死亡事件」をモデルにして、延命治療と尊厳死、そして安楽死に対して鋭くメスをいれた問題作だ。
浦安厚世病院で脳外科医として勤務する白石ルネは悩んでいた。担当患者である横川達男がクモ膜下出血で病院に運び込まれたのは、約1週間前のことだ。心肺停止状態だったのを救命されたが意識はもどらず、自発呼吸も不十分だったので人工呼吸器が装着された。
ほぼ脳死の状態と判断したルネは家族に延命治療の中止を打診する。大反対だった家族も徐々に冷静になり、皆が見守るなかで気管チューブを抜管することになった。
それで自然に呼吸が停止するはずだったが、思わぬアクシデントが起こる。精一杯の処置を施し、横川を見送ったルネだが、3年後、その処置が安楽死であったと告発されてしまう。
自分は間違ったことはしていないと信じるルネは徹底抗戦に出る。自分の処遇に不満を持つ同僚医師や看護師、病院のメンツを守ろうとする院長と幹部たち、賠償金に目が眩んだ遺族、そして暴走するマスコミによって裁判はルネに不利になっていく。
法廷シーンは息を飲み、ルネを追い込む者たちに怒りを抑えられない。これが本当にあったことなのか。裁判とはこんなに不条理なのか。人の最期を看取る医療について、改めて考えさせられる作品である。