『旅ごころはリュートに乗って』
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古楽器リュートに魅せられ世界と時代を駆け巡る
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
「聴覚」の暗喩として西洋画に描かれた古楽器・リュート。存在を知ってはいたがその音色は聞いたことがなかった。ギターのような琵琶のような弦楽器・リュートに魅せられた著者は、繊細で難解な楽器を弾きながら時空を超えた旅へと出る。
リュートの演奏には楽譜ではなく、奏譜が使われる。フランス式、イタリア式、ドイツ式……多様な譜・タブラチュアがある。練習で与えられた曲ではない、好きな曲を弾きたいと、著者は譜を求めて十五世紀末から十六世紀へと遡る。
タブラチュアを見ながら練習するうちに著者は譜を自分で起こすようにもなる。そうしてリュートを体になじませるうちに、曲の生まれた時代に深く入りこむ。旋律はわからず、楽器を手にしてもいないのに著者の思考に引きこまれて、心は遠い過去へと連れていかれるようだ。
イングランド、ヴェネツィア、スペイン、コンスタンティノープル、アンダルシア、ラバト、エルサレム、そして長崎。リュートの音色を追って世界を、時代を駆け巡る。そこに息づいた人々の声が聞こえてくる。
著者の前作『みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記』から連なるキリスト教の世界はリュートによってさらに深遠へと向かう。特に『聖母マリアのカンティガ(頌歌集)』が興味深い。
歌詞から十三世紀の庶民の生活を紐解くと「治癒・よみがえり系」の奇跡を描いたものが多い。当時はケガや病気で人はすぐに死に至ったのだろう。願いと祈りを歌に込めたのだと思うと、胸が詰まる。
また「〇〇へ行け」と具体的な場所を指示したり、捧げものの相場を指示する歌詞もある。歌は実用的なものでもあったのだと想像する。
移動が難しくなった今だからこそ、本書の旅が夢のように思える。
YouTubeで見つけたリュートの音色をBGMにして読み終えた。
ひとつ、旅を終えた感じだ。