『禁色』
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『ヴェニスに死す』を彷彿させる青年と老人の物語
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「三島由紀夫」です
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三島由紀夫の小説は大半が青年を主人公にしている。美を重んじる作家には老いは醜としか思えなかったに違いない。
珍しく老人が登場する小説がある。長編『禁色(きんじき)』(単行本は第一部昭和二十六年、第二部昭和二十八年)。
好々爺の対極の醜悪な老作家。これまで何人かの女性と関係を持ったが、当然のようにことごとく裏切られてきた。
ある時、老人は美青年と知り合う。この青年を利用して自分を裏切った女性たちに復讐しようと思いつく。
三島らしい悪の物語。
復讐は成功するかに見えたが、青年が意のままに動かぬようになり失敗してゆく。最後、老作家は自分が青年を愛していたことを告白し、多額の遺産を青年に残して自殺してしまう。
文庫解説で野口武彦氏が書いているように、トーマス・マンの『ヴェニスに死す』を思わせる。
まだ同性愛がタブーだった時代だから、発表当時、物議をかもした。
一説に老作家のモデルは永井荷風という。
荷風の出た永井家の始祖は徳川家康に仕えた永井直勝の分家。直勝の直系には幕末に大目付を務めた永井尚志(なおゆき)がいる。
三島由紀夫はこの永井尚志の玄孫(やしゃご)になる。ということは三島と荷風は遠い祖先でつながっていたわけだ。
三島は荷風を評価した。みごとな荷風評がある。
「(荷風は)一番下品なことを一番優雅な文章で、一番野鄙(やひ)なことを一番都会的な文章で書く」