『夜明けのすべて』
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同僚同士の小さな親切
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
優しくせねばという義務感より、屈託のない大らかさのほうが、相手は受け入れやすいものだ―と、つくづく思わされるのが瀬尾まいこの新作小説『夜明けのすべて』である。
普段はのんびりした性格なのに、PMS(月経前症候群)によって月に一度、イライラが抑えられなくなって人に辛辣(しんらつ)にあたってしまう美紗(みさ)。彼女が勤務する少人数の会社に転職してきた年下の山添(やまぞえ)は、気力のなさそうな青年。実は彼は、以前は明るい性格だったがパニック障害を患(わずら)い、電車にも乗れなくなって歩いて通える職場に移ってきたのだ。互いの事情を知った二人は、それとなく相手に手を差し伸べあうようになる。といっても見ていられなくてつい助けようとしてしまう、という印象。美紗などは、山添が美容室に行けないからと、ド素人ながら髪を切ってあげようとしたあげく、こけしのような髪型にしてしまう始末。本当に役立っているのかは疑問だが、「優しい自分」を演出するのではなく、本人もどこか楽しんでいる様子が、いつしか山添の心を軽くしている。
同情心や親切の押しつけは相手の重荷になる場合もある。ひたすら大らかに山添に接する美紗がなんとも魅力的。こうしたキャラクターが描けるのが著者の美点だ。さらに、二人の間に恋愛感情も友情もない点も(この先どうなるか分からないけれども)、彼らの行動が純粋な思いやりに依拠していると分かって好ましい。共にコンプレックスを抱く人間同士ではあるが、自分のことを好きになれなくても、誰かを大切にできる、と彼らは教えてくれる。また、遠巻きに二人を見守っている勤務先の社長にぐっとくる。大人としてこうありたいと思わせる存在だ。常套句ではあるが、嘘偽りなく「心が温まる物語」。