蒼月海里『水晶庭園の少年たち』刊行記念エッセイ 「鉱物を通じて身近な世界を眺める」

エッセイ

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水晶庭園の少年たち [5]

『水晶庭園の少年たち [5]』

著者
蒼月, 海里, 1983-
出版社
集英社
ISBN
9784087441857
価格
594円(税込)

書籍情報:openBD

蒼月海里『水晶庭園の少年たち』刊行記念エッセイ 「鉱物を通じて身近な世界を眺める」

[レビュアー] 蒼月海里(作家)

鉱物を通じて身近な世界を眺める

 その石は、金属質だが虹色に輝いていた。その中心には、透き通った飴色の別の石が顔を覗のぞかせていた。化石を買いに東京国際ミネラルフェアへやって来た私は、一瞬でその石に魅了された。
 これは何という鉱物なのか。何処からやって来たのか。どうしてこうなったのか。
 湧き上がる疑問の答えを探すべく、鉱物の本を読み漁(あさ)り、詳しい人たちに聞いて回っているうちに、いつの間にか、鉱物の沼にはまって抜け出せなくなっていた。
 私を魅了した石というのは、モロッコ産の黄鉄鉱に包まれた蛍石(ほたるいし)だった。虹色に見えたのは、黄鉄鉱が酸化被膜に覆われていたためである。
 しかしながら、同産地でこのようなたたずまいの石を見たのは、これっきりだった。黄鉄鉱も蛍石も珍しい鉱物ではないが、産状(産出した状態)は珍しかったのかもしれない。
 それ以来、鉱物を眺めては、その背景を探るのが楽しくなった。
 彼らは、地中深くで形成されたり、水が干上がることで濃縮されたり、生物の遺骸が変化したりと、長い年月を経て鉱物となり、長旅の末、人間の手に渡る。そんなドラマに思いを馳(は)せるだけで、壮大な地球の営みを感じ、膨大なスケールの時空を旅しているような気分になれる。
 そんな想いを、一人でも多くの方に感じて貰いたいと思い、本シリーズを手掛けたのである。

『水晶庭園の少年たち』は、主人公である樹(いつき)の視点を中心に展開される。
 樹は中学生の男の子。丁度、多感な時期だ。
 祖父と愛犬を亡くして傷ついた樹は、祖父が遺した鉱物コレクションを通じて、自然が紡ぐドラマの壮大さと美しさ、そして、哀しみから立ち直る術(すべ)を知る。やがて鉱物を通して自分と向き合う物語は、樹から周囲の人々へと広がっていく。
 その案内役は、祖父が遺した日本式双晶(そうしょう)の石精(いしせい)である雫(しずく)や、作中に登場する鉱物に宿る石精たちだ。
 雫を日本式双晶としたのは、日本が誇る鉱物の一つだからである。
 日本式双晶は水晶の一種だが、読んで字のごとく二つの水晶が、八四度三三分の角度で接合したものを指す。これは、『Japanese law twin』として、国際的に周知されている。
 日本式双晶は、明治時代に、山梨県の山々で水晶の採掘が盛んに行われた頃に名付けられた。「平板式夫婦(へいばんしきめおと)水晶」とも呼ばれた。江戸時代は眼鏡のレンズに使っていたとのことで、何とも贅沢な話だと思った。
 メインの案内役を決める際、国石となった翡翠(ひすい)も捨て難かったのだが、鉱物収集は水晶に始まり水晶に終わるという言葉があるため水晶を選ぶことにした。翡翠については、第二作『水晶庭園の少年たち 翡翠の海』に詳しく書いている。

 翡翠といえば、私も実際に産出地である新潟の糸魚川(いといがわ)へと赴き、原石が拾えるというビーチコーミング(海岸での漂着物採集)をしてみた。
 糸魚川には二回行っており、初回は、翡翠かと思って拾ったものは全て流紋岩(りゆうもんがん)だった。
 二回目は、もはや翡翠を採ることを諦め、面白いと思った石ばかりを集めることにした。
 すると、海岸にあるのは珍しいとされている安山岩(あんざんがん)が見つかり、糸魚川のフォッサマグナミュージアムの学芸員さんと盛り上がっていい思い出になった。
 また、同ミュージアムには「化石の谷」という化石採集体験コーナーがあるのでオススメである。たまに、断面がキラキラした割れ易い石が混ざっているが、それは方解石(ほうかいせき)という鉱物の可能性が高い。
 他にも、日本では入手し難い鉱物を求めて、ミュンヘンのミネラルショーに赴いたり、和訳されていない知識を欲してグーグル翻訳に齧かじり付きながらドイツの鉱物雑誌を読んだりと、鉱物にまつわる思い出は語り切れない。
 まだまだ行きたい場所もあるし、今後も鉱物を追い続けるだろう。
 これは一生の趣味になりそうな気がしてならない。

 世間では、「自然対人間」という構図が散見される。
 しかし、人間も自然の一部だ。人間だろうが猫だろうが、アメンボだろうが石だろうが、みんな、地球から生まれている。私たちを構成している原子は、巡り巡って石になるかもしれないし、足元の小石を構成している原子は、元は人間だったかもしれない。
 そう考えると、自然がぐっと身近に思えてくるし、他人事のような物言いは出来なくなる。
 少し視点を変えるだけで、身の回りの世界がガラッと姿を変えることもあるだろう。
 そういった気持ちを胸に本シリーズを紡いだので、最後まで楽しんで頂けると幸いである。

蒼月海里
あおつき・かいり● 作家。
1983年宮城県生まれ。書店員を経て、2014年『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」等のシリーズで人気を博す。著書に『地底アパート入居者募集中! 』『稲荷書店きつね堂』『モノノケ杜の百鬼夜行』等多数。

青春と読書
2020年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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