旅ごころはリュートに乗って 星野博美著 平凡社

レビュー

8
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旅ごころはリュートに乗って

『旅ごころはリュートに乗って』

著者
星野 博美 [著]
出版社
平凡社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784582838459
発売日
2020/09/28
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

旅ごころはリュートに乗って 星野博美著 平凡社

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞特別編集委員)

 洋梨を縦に割ったような愛らしい形の古楽器リュート。天正遣欧使節の4人が1591年、秀吉の前で演奏したことを知って習い始めた著者は、リュートに導かれ、17世紀のイタリア、イングランドの楽曲から中世スペインの歌へと時空を超えた旅に出る。

 なぜリュートを弾くか。著者の関心は次の一点にあった。「庶民が楽しんだと思われる曲を弾きたい」。そして出会ったのが、スペイン・カタルーニャ地方のモンセラート修道院に伝わる『モンセラートの朱(あか)い本』(13~14世紀)という写本だった。そこには聖地を訪れれば罪の多くが赦(ゆる)されると信じる巡礼者たちの歌や踊り、喜びの爆発があった。

 しかし、教えてくれる先生もいなければ、譜もない。どうしよう。そうだ、自分専用の譜を書けばいい。かくして自分の譜で曲を弾きながら、苦難の末にたどり着いた巡礼者に囲まれている気分になっていくのである。

 著者の旅は『朱い本』からさらに1世紀前の聖母マリアを賛美した歌集『聖母マリアのカンティガ(頌歌(しょうか)集)』にたどり着く。二つの歌集から浮かび上がってくるのは、キリスト教、イスラーム教、ユダヤ教の共生の姿だった。3教徒が平和裏に共存することは不可能と思われつつある今だからこそ、イベリア半島での3教徒共存を理想に掲げるべきなのではないのか。

 日本キリシタンの殉教をめぐる鋭利な分析など読み所が満載されている。著者が一貫して怒りを見せているのが日本人に抜きがたく巣くう「固定観念の呪縛」である。キリスト教と西洋を同一視する誤り、クラシックといえば「演奏中に咳(せき)をコンコンすると周囲の客から白い目で見られるような、そんな気位の高いイメージ」が支配していることを痛快に批判している。

 こうして私たちはリュートによる軽やかな旅にお伴(とも)したつもりが、「宗教とは何か」という重い課題を背負うことになるのである。

読売新聞
2020年11月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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