ルポ新大久保 室橋裕和著
[レビュアー] 稲野和利(ふるさと財団理事長)
かつてタイで10年間暮らした著者は、日本国内有数の多国籍タウンである新大久保(新宿区大久保)に惹(ひ)かれ、2019年2月に移り住む。以来1年半、この街で暮らし人々と触れ合いながらその多彩な様相を綴(つづ)ったのが本書である。
今日、国内総人口の約2%は在留外国人だが、著者の暮らす大久保2丁目は人口の実に32・7%が外国人だ。この地においては、もともと日本語学校など留学生のための施設が周辺に多かったことで次第に韓国人を中心に外国人が集積し、やがてコリアンタウン化する。その後、東日本大震災で韓国人が大量帰国し、その隙間を埋める形で、ビザ要件が緩和されたベトナム人やネパール人を中心とした多国籍化が進み、今日に至ったという。
アオザイガールズバー経営者のベトナム人女性、かつて過激派のシンパで今や若者の相談相手である印刷屋のおばちゃん、ベトナム人向けのフリーペーパーを発行している韓国人、多国籍レストランを経営するネパール人とベトナム人の夫婦。実に多様な人たちがそこにいる。「イスラム横丁」、「ヒンドゥー廟」、23言語の蔵書を擁する「大久保図書館」。実に多様なものがそこにある。多国籍が別個に存在するのではなく、混合している。人も文化も宗教も。ここに住む外国人は皆力強い。野心がある。問題も起きる。古くからの住民にはこのような街の様相に否定的な人も存在する。しかし、それでも街は混沌(こんとん)の中で変わり続けてきた。そしてこれからも変わり続ける。
著者の記述は丁寧だが、必要以上に解釈的でないところに好感を覚える。読者はこの街の実相をそのまま感じることができるだろう。それ自体が示唆に富むはずだ。人口減少・高齢化が進む日本において、今後外国人の流入は増えることこそあれ減ることはないだろうと考えるとき、この街の姿は我々が新しい時代を生きていくための手がかりを指し示しているのではないだろうか。
◇むろはし・ひろかず=1974年生まれ。ライター。週刊誌記者を経て一時タイに移住。著書に『日本の異国』など。