新版「生きるに値しない命」とは誰のことか 森下直貴、佐野誠編著

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「生きるに値しない命」とは誰のことか

『「生きるに値しない命」とは誰のことか』

著者
森下 直貴 [著]/佐野 誠 [著、編集]
出版社
中央公論新社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/倫理(学)
ISBN
9784121101112
発売日
2020/09/09
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

新版「生きるに値しない命」とは誰のことか 森下直貴、佐野誠編著

[レビュアー] 山内志朗(倫理学者・慶応大教授)

 2016年、神奈川県相模原市の知的障碍(しょうがい)者福祉施設で19人が殺害される事件が起こった。犯人は生きる価値がないと見なす人々を襲撃した。なぜこんな悲劇が起こったのか。

 『生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁』(以下『解禁』)は、100年前に書かれたものだ。『解禁』は、ナチスの大量安楽死と関連することで知られる。本書は時宜に適(かな)った新版(増補を含む)である。

 『解禁』は、生き延びて苦しむことと安楽死とを二者択一の状況に追い込み、安楽死を「解禁」する、つまり禁止しないことを述べる。法律家ビンディングと医師ホッヘの二つの論文が載せられ、両者は巧みに安楽死を擁護する。

 『解禁』は、助かる見込みのない者、生きる意志も死ぬ意志もなく、表明できない者の命を終わらせることの解禁を提言している。この残虐な思想が歴史的な悲劇の源泉になっていく。考えたくもないおぞましい思想だ。

 ただ、その周りには安楽死をめぐる様々な考え、苦しむ当人たちの意見もある。現代の日本においても橋田壽賀子や松田道雄が生き疲れした老人の立場から安楽死を認めてほしいと語った。見ないふりをしてはならない。今の時代こそ、死を正面から見据えて考えるべき状況にある。

 もちろん、安楽死の正当化という結論を先に立て、そこに至るための辻褄(つじつま)合わせを目指すだけでは思考停止でしかない。

 新型コロナというパンデミックの直中(ただなか)にある人類にとって、気温上昇による破滅の危機など、あまりにも死は身近になった。現代ほど死を直視し熟考すべき時代はない。

 介護に苦しんでも、寝たきりの老人を殺すことは許されない、だからこそ皆が助けるべきなのだ。1人の責任の問題にしてはならない。

 安楽死という問題は滑りやすい坂道だ。困難な課題だ。一度滑り始めたら下り続け、止まることが難しくなる。だが思考を止めてはならない。

 ◇もりした・なおき=1953年生まれ。老成学研究所長◇さの・まこと=1954年生まれ。奈良教育大名誉教授。

読売新聞
2020年11月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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