杉本博司著 「江之浦奇譚」
[レビュアー] 鈴木洋仁(社会学者・東洋大研究助手)
光を浴びて佇(たたず)むのは、写真から建築まで現代美術作家として世界に名を轟(とどろ)かせる杉本博司だろうか。著者渾身(こんしん)のアート施設・江之浦(えのうら)測候所を巡る44話に酔いしれる。
「死と再生を意識させる」冬至の朝に陽(ひ)の光を通す70メートルのトンネルを作る。夏至にも百メートルのギャラリーに日の出が差し込む。神奈川県小田原市のこの場所では季節を測る。
自作や茶室、神社に舞台、ニューヨークでの古美術商を経て憑(つ)かれるほど執着する石が並び、人類全体の歴史をも作家は始造する。その企(たくら)みは、幼き思い出の地・相模湾沿い斜面で見事に現(うつつ)となる。
「頃難(コロナ)」で人は死滅しても建築は廃墟(はいきょ)として残る。杉本の嘯(うそぶ)く声が聞こえるのは夢ではない。魅惑が人を食う。
写真家に飽き足らず、より嘘(うそ)っぽい演劇に惹(ひ)かれた彼はそこでも評価を高める。自らの装丁と連歌の導く奇妙な話は、測候所と自身を浮きぼりにし、永遠未完の芝居として眩(まばゆ)い魔力を放つ。(岩波書店、2900円)