標本バカ 川田伸一郎著
[レビュアー] 三中信宏(進化生物学者)
博物館に陳列されているさまざまな動物の剥製(はくせい)標本は来館者の好奇心をふくらませ想像力をかきたてる。野生では絶滅してしまった動物の剥製もある。しかし、いずれもきれいに整形された標本は展示室の中でまるで生きているかのような独特の存在感を放って動き回る。それらの標本は展示だけでなく科学研究の基礎データとしても貴重だ。
本書は国立科学博物館研究主幹の著者が雑誌『ソトコト』に長期連載してきたコラムの単行本化だ。著者はもともとモグラの研究者だが、キリンやクジラまでありとあらゆる動物の標本づくりに国内を東奔西走する。各コラム冒頭を飾るユーモラスなイラストとともに語られるバックヤードでの奮闘エピソードの数々は一気読みまちがいなしだ。
標本づくりは熟達した“匠(たくみ)”の技の賜物(たまもの)である。死体につきものの“腐敗”という無慈悲な運命のもと、手際よく皮をはいで解体し、余分な肉をそぎ取り、いったん土に埋めて微生物などに分解させ、最後に残った骨格を標本にする。こんな仕事は確かに“標本バカ”でなければ続かないにちがいない。(ブックマン社、2600円)