文芸評論家・北上次郎さんが、新刊が出ると読まずにいられない「すれ違いの人生」を描く名手・小野寺史宜作品の魅力とは?

レビュー

6
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今夜

『今夜』

著者
小野寺 史宜 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103325444
発売日
2020/11/26
価格
1,705円(税込)

書籍情報:openBD

そして人生はクロスする。

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

北上次郎・評「そして人生はクロスする。」

本屋大賞2位に輝く『ひと』で注目を集めた小野寺史宜さん。4人の男女の「夜」を描いた書き下ろし長編『今夜』が刊行された。小野寺さんの過去の作品を取り上げながら、最新作の魅力を文芸評論家の北上次郎さんが読み解いてくれました。

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 小野寺史宜は「すれ違いの人生」を描く名手である。

 たとえば、2019年に刊行された3冊がある。5月刊の『ライフ』、9月刊の『縁』、11月刊の『まち』。版元は、ポプラ社、講談社、祥伝社だ。版元もタイトルも装丁も異なるのに、この3冊には共通項がある。3冊ともに「筧ハイツ」が出てくるのだ。総武線平井駅から歩いて15分、荒川沿いに建つアパートである。『ライフ』の井川幹太は、A102号室に住み、『縁』の室屋忠仁はB102号室、『まち』の江藤瞬一はB201号室に住んでいる。3人とも「筧ハイツ」に住んでいるのだ。しかもほぼ同じ時期である。それぞれの小説中には他の小説の主人公は出てこないが、実際にはすれ違っていたかもしれない。

「筧ハイツ」から歩いて5分のところにある喫茶店「羽鳥」は3作ともに出てくるし、彼らが近くにある図書館で借りてきてその「羽鳥」で読む本は、横尾成吾という作家の本なのだが、2020年5月刊の『食っちゃ寝て書いて』(KADOKAWA)ではその横尾成吾が主人公になっている。さらに、『まち』のラスト近くに、江藤瞬一が隣室の君島親子を連れて砂町銀座商店街にいき、「おかずの田野倉」でコロッケを買うシーンがあるが、この店は2018年4月刊の『ひと』(祥伝社)の舞台になった店だ。

 このように、小野寺史宜の作品には、人物や場所などがクロスして登場することが少なくない。もちろん、同じ作品の中でもクロスするかたちがあり、『縁』などはその筆頭といっていい。最初は、この趣向は作者のお遊びと考えていた。しかし、ここまで執拗に繰り返されると、お遊びの範疇を跳び越えていると言わざるをえない。そこに作者の意図を感じるのである。では、その意図とは何か。

『ライフ』の井川幹太、『縁』の室屋忠仁、『まち』の江藤瞬一の3人は、ほぼ同じ時期に、同じアパートに住んでいる(A棟とB棟の違いはあるが、それは微差の範囲だ)。作品の中で彼らは交流しないけれど、ちょっとしたことがあれば、彼らは知り合って、そして友人になっていたかもしれない。あるいは一生の友になる関係が生じたかもしれない。それが少しズレただけで彼らは知り合わず、一生無縁のまま過ごしていく。そういう人生の不可思議さを作者が描いているような気がしてならないのだ。すれ違うからこそ残酷で、哀しく、面白いのだと。

 本書もまた、そういう「すれ違いの人生」を描いた作品集といっていい。たとえば、冒頭の「直井蓮児(なおいれんじ)の夜」のラストで蓮児は、電車に乗ろうとしたら後ろからいきなり肩を掴まれ、右の拳が飛んでくる。ボクサーでもある蓮児は抵抗しない。あと二発も打てばこいつも満足するだろう、と我慢する。ところが相手は酒が入っているらしく、やめようとしない。胸ぐらを掴まれ、やばいと思ったときには足が浮いていた。ホームで宙を舞い、頭部への衝撃とともに闇が訪れる。

 このとき蓮児を投げた男の事情は、二つ先の章、「坪田澄哉(つぼたすみや)の夜」で語られる。なぜそんな事態にいたったのか、そこにたどりつくまでの過程が克明に描かれていく。ちなみに、新宿で投げられる前日、午前1時を回っていたから当日というべきだが、直井蓮児を乗せたのが、タクシー運転手の立野優菜(たてのゆうな)。2020年8月に『タクジョ!』を出したばかりなので、そちらにもこのドライバーが出てきたのかと思ったが、まだ調査中(この『タクジョ!』の主人公夏子が観にいく映画「キノカ」の原作は横尾成吾だ)。坪田澄哉もその日の昼間、中野から錦糸町まで立野優菜のタクシーに乗っているから、東京は狭い。この立野優菜は、全体のつなぎ役だ。

 坪田澄哉の妻が、高校時代の同級生で、いまは国語教師の荒木奈苗(あらきななえ)。この奈苗と夫婦喧嘩をして、いらいらして飲んだくれ、澄哉は新宿駅で蓮児を投げてしまうのだが、彼女のほうの事情は最後の章で語られる。このように数珠つなぎになって、彼らの人生が描かれていく。

 ボクサー、女性ドライバー、警察官、国語教師。職業だけを取り出せば、関連性のない4人だが、微妙に、ときには濃厚に、その人生がクロスしていく様子を、例によって巧みな人物造形と、秀逸な挿話を積み重ねて、鮮やかに描いていくから見事。

新潮社 波
2020年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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