「えっ、そっちに行くの!?」ホラー大賞出身・澤村伊智も驚愕! 第40回横溝正史ミステリー&ホラー大賞受賞の野心作『火喰鳥を、喰う』

レビュー

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火喰鳥を、喰う : KILL OR BE KILLED

『火喰鳥を、喰う : KILL OR BE KILLED』

著者
原, 浩, 1974-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041108543
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

「えっ、そっちに行くの⁉」ホラー大賞出身・澤村伊智も驚愕! 第40回横溝正史ミステリー&ホラー大賞受賞の野心作『火喰鳥を、喰う』

[レビュアー] 澤村伊智(作家)

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(解説:澤村 伊智 / 作家)

「えっ、そっちに行くの!?」

 第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉受賞作、原浩『火喰鳥を、喰う』を途中まで読んで、私は思わず声を上げた。全体でいうと中盤に差し掛かった頃、章でいうと「四日目」の序盤だ。

 もちろん落胆したからではない。想像していなかった方向に風呂敷が広がったことに関する素直な驚き。これでどう決着を付けるのか、という期待。そして本作が複数のジャンルを大胆に横断した、野心的な作品であることが分かったことによる喜び。私の発言は、そうした感情がない交ぜになったものだった。

 信州に住む主人公、久喜雄司は当惑していた。久喜家の墓が荒らされ、大伯父――祖父の兄に当たる貞市の名前が削り取られていたのだ。貞市は太平洋戦争末期、南方の島で死んでいた。

 時を同じくして、貞市の日記が死没地で発見される。日記は地方新聞社の記者らの手で、雄司ら久喜家のもとに返される。記者が見守るなか、雄司ら久喜家の面々は亡き貞市の日記を読み始めた。銃火、飢え、伝染病――迫り来る死に怯え、生に執着し、その心情を書き綴る貞市。日記の終盤は島に住む絶滅危惧種・ヒクイドリに対する凄まじいまでの食欲が吐露されていた。

 そこで突如として、雄司の義弟が錯乱。貞市の日記の余白に、不可解な加筆を施す。

「ヒクイドリヲ クウ ビミ ナリ」

 その日を境に、雄司の周りで奇怪な出来事が頻発する。貞市と同じ部隊に所属し、からくも死を免れ復員した藤村は謎の火災で負傷。更に記者の一人が熱病に冒された挙げ句、己の左手を鉈で切断する。そして祖父は意味ありげな言葉を口にした後、突如として失踪する。

 何が起こっているのか。どうすれば収まるのか。

 雄司の妻、夕里子はこの手のことに造詣の深い知人、北斗総一郎に相談するが――。

原浩『火喰鳥を、喰う』
原浩『火喰鳥を、喰う』

 静かに始まった物語は、中盤「何が起こっているか」が見えてきたところで一気に加速。みるみる陰惨さを増していく。そしてクライマックスでは残虐な死の描写、および肉体損壊描写のつるべ打ち。ただ猟奇的なだけでなく、先行作品への目配せも感じられるホラー演出にニヤリとさせられた。

 もちろん本作のホラー要素は単なる表層的な演出のみではない。雄司に降りかかる怪現象は極めて超常的、非現実的なものだが、彼が感じる恐怖は「孤立無援」という状況から来る、極めて普遍的なものだ。死や暴力を描きつつその派手さや数に耽溺することなく、「孤立の恐怖」をしっかり描いた作者の真摯さは、ホラーの文学賞でデビューした身として高く評価したい。また、探偵役の登場、二転三転する展開、所々挟み込まれる悪夢の「真相」が結末で明かされる趣向などは、ミステリ的興味を満たしてくれる。

 一方で、肝心の火喰鳥の正体、およびタイトルにもなっている「火喰鳥を、喰う」という行為の意味するところについて、作者は意図的に明言を避けている。もっとも、それらはこの題材においては比較的オーソドックスなものであり、随所にヒントは提示されている。また、たとえヒントに気付かなくても、素直に読めば容易に推測できるものでもある。だがその正体や意味が本作のホラー設定、および主人公が終盤に行うある「決断」の根拠になっている点は、かなり目新しい部類に入るのではないだろうか。少なくとも私は新鮮な驚きを感じたし、例えば同じ趣向を持ったデヴィッド・アンブローズの某作品より説得力を感じた。何より「火喰鳥を、喰う」行為と物語構造の相似が単純に面白い。読んでいる時の感覚を喩えるなら、諸星大二郎の伝奇漫画を読んで「ええーっ!?」と驚き呆れながらもねじ伏せられてしまう、あの感覚に近い。

「ミステリ&ホラー」を謳う新人賞の大賞受賞作に相応しい、娯楽小説『火喰鳥を、喰う』。是非とも読んで振り回され、驚かされ、魅了されてほしい。 

▼原浩『火喰鳥を、喰う』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000502/

KADOKAWA カドブン
2020年11月26日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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