『言語の七番目の機能』
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ロラン・バルト謀殺と言語の七番目の機能の謎とは
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
ナチスによるユダヤ人大量虐殺の首謀者だったハイドリヒ暗殺という史実に、現代を生きる語り手による想像を加味することで、事実を“真実”へと昇華させる手法で話題を呼んだデビュー作『HHhH─プラハ、1942年』。2013年に訳出され、日本でも多くの読者を獲得したローラン・ビネ待望の第二作が『言語の七番目の機能』だ。
今回ビネが選んだ事実は、1980年に起きたロラン・バルトの交通事故死と、ロシア生まれの言語学者ロマン・ヤコブソンが著書『一般言語学』で挙げている六つの言語の機能という論考。しかし、フランス現代思想界の大スターの死は謀殺で、その理由は、バルトが密かに入手していた七番目の機能について書かれたヤコブソンの未発表原稿を奪うためだった―というフィクションに仕立て上げたのが本作なのである。
というわけで、出てくるわ出てくるわ。フーコー、デリダ、ドゥルーズ、ガタリ、エーコといった知の巨匠たち。喋るわ喋るわ。記号学をはじめとする言語にまつわる理論の数々。でも、怯えなくても大丈夫。バルトの事件を捜査するバイヤール警視が、「わかんねーよ」を代弁してくれるから。その助手になる記号学の講師をしているシモン青年が、「わかんねーよ」の対象を上手に解説してくれるから。相手が難しい言葉を放つたびに心中で口汚くののしる警視と、そんな教養なき無骨者に振り回される若き学徒という珍コンビが、世界を飛び回ってバルト謀殺と言語の七番目の機能の謎に挑む本書は、畢竟、サスペンス小説なのだ。
言論版ファイト・クラブのごとき秘密組織が暗躍するわ、前述した実在の著名人を訴えられなかったのが不思議なくらい戯画化してみせるわ、カーチェイスがあるわ、アクション満載だわ。知の饗宴とエンタメの極意を併せ持つ味わいは、エーコの『薔薇の名前』を彷彿とさせる。訳出を待たされた甲斐のある傑作だ。