女房を質草に入れた彰義隊の男を捜す旅
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
この一巻を手にとられた方は、作者の絶妙の語り口と、物語の持つ類い稀な結構に接して思わずニヤリとされるに違いない。
さて、江戸が東京と名を改めた頃のこと。主人公の貧乏浪人、柏木宗太郎(かしわぎそうたろう)は、金を用立ててもらおうとなじみの質屋・巴屋(ともえや)に赴くと、主人はこんな御時世だし、自分も年を取ったので店を閉めるという。それでもなお駄々をこねていると、彰義隊に入り、決戦前に金が要るのでと、女房を質に入れて音信不通になった男がいる、質草が生身の人間ゆえ、簡単に流すわけにもいかぬから、亭主の篠田兵庫(しのだひょうご)を捜してきてくれないかという。女房は、主人は必ず戻ってきますと、他の質草よろしく自ら土蔵に入り泰然自若としている。兵庫は上野で死んだか、それとも会津まで向ったか―。上野での捜索を見限って、会津に向った宗太郎は、その途中、新政府軍の参謀、速水興平(はやみこうへい)と出会い、彼と行動を共にすることに。
あなたほどの侍なら、是非、新政府に欲しいという興平に、宗太郎は、「貧乏浪人のまま、流される生き方が好きなんだ。あんたのいうような(新政府による)世の中になっても、おそらくそうやって生きていくだろうよ」とも「俺は自分の周りのことにしか興味はないよ」ともいって、一市井の徒という立場を崩そうとはしない。
二人の会津への道中は、彰義隊の残党狩りが行われるといった緊張した世相の中にあってなかなかの弥次喜多ぶりだが、実は、本書の3分の2ほど、章でいうと「五 会津」まで読み進めると、兵庫の行方に関する決定的な証言は揃ってしまっている。
が、ここから、作者のストーリーテラーぶりが光ることになる。その筆致は実に用意周到であり、本作は二度読みが可能なのだ。
なお、本書は、第12回角川春樹小説賞受賞作であり、作者のこれからを見逃すわけにはいかないだろう。