目まぐるしい反転が最後まで続く家庭サスペンス

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目まぐるしい反転が最後まで続く家庭サスペンス

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 家族という最も身近な共同体に潜む闇を、謎と驚きとともに抉り出す。矢樹純『妻は忘れない』はそんな短編集だ。

 本書はノン・シリーズのミステリを五編収めているが、いずれの短編でも家庭内で起きた小さな不和が物語の端緒になっているという共通項がある。表題作は、三カ月前に突然変わってしまった夫の態度に不信を抱く女性が語り手を務める。夫婦間に生じた不協和音が次第に増幅し、物語は事あるごとに様相を変えていく。日本推理作家協会賞を受賞した「夫の骨」もそうだが、矢樹は短編におけるツイスト(ひねり)が巧みで、本編も最後まで目まぐるしい反転が続くのだ。

 さらにツイストと謎解き場面を上手く融合させたのが書き下ろしの「戻り梅雨」である。本編では年上のシングルマザーと交際する大学生の息子を心配する母親が、思ってもみない事態に巻き込まれる。主人公を窮地に追い込んでいくサスペンスのなかに、読者が真実に気付くためのヒントをさりげなく仕込んでいる点に感嘆する。

 収録作中、最も戦慄的な短編は「裂けた繭(まゆ)」だろう。引きこもりの青年を中心に据えた物語だが、ショッキングな展開の連続に飲み込まれること必至の一編だ。

「妻は忘れない」のように夫婦間で起きる出来事を主題に据えて描いていくサスペンスが英米を中心に多く出版されており、近年のジャンル・シーンにおける一つの潮流になっている。大胆な仕掛けで唖然とさせ、映画化もされたギリアン・フリン『ゴーン・ガール』(上下巻、中谷友紀子訳、小学館文庫)が代表作だろう。

 また、「戻り梅雨」の主人公のように、母親の視点から家族に絡んだサスペンスを描く小説も多い。アリソン・ゲイリン『もし今夜ぼくが死んだら、』(奥村章子訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)は、轢き逃げ事件で町中から疑いの目を向けられる少年と、その母親の姿を描いた不穏な謎解き小説。家族間に生じる愛情と疑惑の物語を、SNS上におけるバッシングなど現代的な問題も織り交ぜながら描いた作品だ。

新潮社 週刊新潮
2020年12月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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