推し、燃ゆ 宇佐見りん著 河出書房新社
[レビュアー] 尾崎真理子(早稲田大学教授/読売新聞調査研究本部客員研究員)
新しいメディアが広がるたび、新しい語り口の小説が追いかけるように派生する。SNSと同化して生きる本作の女子高生「あかり」から、まさしくそれは始まっている。
<推(お)しが燃えた。ファンを殴ったらしい。まだ詳細は何ひとつわかっていない>
冒頭、彼女が命懸けで推すアイドル「真幸(まさき)」が暴力沙汰(ざた)を起こしてネットで炎上する。すなわち「推し、燃ゆ」。何事にも不器用で忘れ物がひどく多いあかりだが、幼い頃見たピーターパン役の真幸と、ある日映像で再会して以来、彼と彼の見る世界を丸ごと解釈しようと決めた。あらゆるメディアから情報を収集し、全身全霊で明け方までブログを書き、インスタをあげ、<病めるときも健やかなるときも推しを推す>。陶酔と苦行の日々の中に彼女はいる。
熱狂的なファンというのとはちょっと違う。推しを推すときだけあかりの背骨は立ち上がり、優しく賢いお姉さんキャラになる。めいっぱいバイトを入れるのも、1時間働けば生写真1枚、2時間でCD1枚、CD10枚で握手の権利が買えるから。24時間で消去されるトリビアルな話題(ストーリー)も不意のインスタライブも、絶対に見逃さない。母も姉もあかりの「オタク活動」に批判的で、遠巻きにしているだけ。海外赴任中の父親は「おっさん構文」で、女性声優に熱いメッセージをひそかに送っているらしい。憑依(ひょうい)して演技して、バーチャルな世界を背骨に生きていく。そうしなければ生き難い時代なのか?
炎上アイドルが自室から中継する打ち明け話を、画面越しに痛みと共に引き受け、魂の投稿をしても一瞬で均一の過去へと更新されていく。四六時中スマホをのぞき込みながら、ただうつむいて歩くあかり。21歳の作者は、粘り強く彼女を見守るように描く。そして――。
これは季節も周囲もまともに見なかった多感なメディア少女が、目の前の風景を発見するに至る、一番新しくて古典的な、青春の物語だ。