「誘拐」を稼業にする家族が巻き起こす跡目争い 特異な設定から生まれる、先の読めない長編犯罪小説

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誘拐ファミリー

『誘拐ファミリー』

著者
新堂冬樹 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575243468
発売日
2020/11/19
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

五代目を決めるのは誘拐勝負。浅井家の跡目争いが、予想外の方向に捻れていく。新堂冬樹の新刊は、ユニーク極まりないドメスティック・クライムだ。

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 戦前から続く、由緒正しい「誘拐」が稼業の家族。クライム・ノベルと家族小説が融合されたユニークな本作の読みどころを、書評家の細谷正充さんが解説する。

 ***

 双葉社Web文芸マガジン「カラフル」で好評連載された、新堂冬樹の『誘拐ファミリー』が刊行された。すでにネット上で読んだという人なら納得してくれるだろうが、ユニーク極まりないドメスティック・クライムである。

 世田谷にある浅井家は、ペットホテルを営んでいる。――というのは表の顔。真の稼業は営利誘拐だ。戦前から一家で誘拐をビジネスにしている。今も家族六人で、映画監督を誘拐し、見事に身代金を手に入れた。

 だが長男の太陽は、冷酷な行動をする次男の吹雪が気に食わない。打ち上げの席で、次男と揉めてしまう。そんなことがあったからだろうか。父親でリーダーである大地から、太陽と吹雪のどちらを五代目にするか、誘拐勝負で決めるように命じられる。対象は、宗教団体『天鳳教』教祖の長男の一馬と、長女の明寿香。太陽は、妹の星と、祖父の大樹とチームを組み、明寿香を誘拐することになる。しかし一馬を誘拐するはずの吹雪のチームをチェックしていた太陽は、彼らがルール違反をしようとしていると確信。妨害行動に出た。この騒動が切っかけになり、誘拐勝負は、思いもかけない方向に捻れていくのだった。

 特異な設定から生まれる、先の読めない展開。本書の面白さを簡単に述べれば、こうなるだろう。特異な設定は、いうまでもなく浅井家である。戦前から営利誘拐を、ファミリー・ビジネスとしている一家。誘拐する相手は悪人限定。さらに、窃盗、レイプ、薬物、殺人はしないという、代々のルールがある。そんな家族の長男と次男が、五代目の座を賭けて、誘拐勝負に挑む。この設定だけで本書の成功は約束されたといっていい。

 しかも誘拐勝負が始まってからの展開が、予断を許さない。子供の頃に愛犬を轢き殺されてから、冷酷な性格になった吹雪を心配する太陽。だが彼も、激しい性格に蓋をして生きてきた。複雑な感情を抱いて争う兄弟の行動に、『天鳳教』の一馬と明寿香の思惑まで絡まり、事態は二転三転どころか四転五転。読者を翻弄しまくる作者の手腕が、素晴らしい。

 さらに、誘拐勝負を言い出した大地の狙い。吹雪の心底にある思い。内通者の存在など、幾つものフックを作って、ストーリーへの興味を高めている。その果てに迎えたラストで、本書がクライム・ノベルであると同時に、家族小説であることが分かった。ふたつのジャンルを、鮮やかに融合した一冊なのである。

小説推理
2021年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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