「元部下」が明かす三島にまつわる“逸話”の真相
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「三島由紀夫」です
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椎名誠の著作に、「仲間シリーズ」と呼ばれる一群の作品がある。『哀愁の町に霧が降るのだ』から始まり、『新橋烏森口青春篇』『銀座のカラス』『本の雑誌血風録』『新宿熱風どかどか団』と続く自伝的シリーズだ。
このシリーズに、三島由紀夫の名前が二度、登場している。一度目は、六本木のレストランの厨房でアルバイトしていたとき、三島由紀夫が客として来たというので見にいく挿話で、これは『哀愁の町に霧が降るのだ』に出てくる。
もう一度は、『本の雑誌血風録』だ。この冒頭近く、部下と元部下が新橋の飲み屋で三島由紀夫の自決について会話するくだりがあり、そのシーンはのちに中川右介『昭和45年11月25日』にそのまま引用されている。こちらの書は、三島由紀夫が自決した日に人々は何をしていたのかを、さまざまな書から引用したもので大変に興味深いが、実はこのシーン、椎名誠の創作である。椎名の「部下と元部下」はそんな会話を実際はしていない。
なぜそんなことを知っているのかというと、その「元部下」というのが私だからだ。椎名誠の「仲間シリーズ」にはこういう著者の創作が随所にあるので油断できない。
『本の雑誌血風録』が朝日文庫に入ったとき、事実と異なる点を8カ所、私は解説で指摘したのだが、その後、新潮文庫に入ったので、そちらだけを読むとその「創作」は読者に伝わらず、うーむうーむと唸っているのである。