ワシントン・ブラック エシ・エデュジアン著 小学館

レビュー

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ワシントン・ブラック

『ワシントン・ブラック』

著者
エシ・エデュジアン [著]/高見 浩 [訳]
出版社
小学館
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784093567206
発売日
2020/09/25
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

ワシントン・ブラック エシ・エデュジアン著 小学館

[レビュアー] 木内昇(作家)

 カナダ生まれの女性作家による三作目の小説。2004年が処女作発表というから寡作ながら、うち二作がブッカー賞最終候補に残った実力派だ。1830年代の東カリブ、バルバドス島からはじまる本作も、ダイナミックな展開と登場人物たちの緻密(ちみつ)で生々しい描写に一瞬にして引き込まれ、読み終えてしばらく経(た)った今でも物語世界に半身を置いた状態が続いている。

 少年ワッシュは、島のフェイス大農園で奴隷として酷使されている。彼は、どこで生まれたのか、誰が親なのかも知らない。家族も財産もなく、横暴な農園主のもと過酷な労働に耐えている。だがその人生は、農園主の弟で科学者のティッチに見出(みいだ)されたのを機に大きく動きはじめる。彼の手掛ける気球の開発を手伝ううち絵の才能が開花、ワッシュははじめて、「所有物」ではなく「友人」として扱われるのだ。そんな中ある陰惨な事件が起こり、ふたりは農園から逃亡する。北極へ向かったのは、ティッチの父親の消息を訪ねるためだったが……。物語はさらにカナダ、イギリスと無尽に転変していく。

 奴隷捕獲人の影におびえつつも、異境で労働して金銭を得、他者から才能と利発さを認められて力強く道を切り開いていくワッシュの、これは成長譚(たん)でもある。しかし全編を通して浮き彫りになるのは、彼ら奴隷を監督する白人たちの抱える空虚だ。家族はあるが温かな愛情に恵まれず、意に染まぬ家業を背負い、自力で手にした実績もない。横暴な農園主も、ワッシュに差別的な言葉を投げつける者も、それは同様に見える。虐げる側と虐げられる者。精神的「持たざる者」はむしろ、前者なのではないか。だから他者をそこまで執拗(しつよう)に痛めつけるのではないか。時代背景が異なるのでひと括(くく)りにはできないが、それこそが不変の真理に思えてくる。

 壮大な歴史小説であり、幻想的ミステリの風味もある本書。思わぬ結末に辿(たど)り着いたとき、既存の景色が崩れ去る音を聞いた。高見浩訳。

読売新聞
2020年11月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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