「線」の思考 原武史著

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「線」の思考

『「線」の思考』

著者
原 武史 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103328421
発売日
2020/10/16
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

「線」の思考 原武史著

[レビュアー] 鈴木洋仁(社会学者・東洋大研究助手)

 鉄ちゃん(鉄道愛好家)にして、天皇をめぐる研究者、紀行文の達士でもある著者の魅力を、たっぷりと味わえる。鉄道や航路など、八つの「線」からこの国を新たに描く。

 ひとつの場所=「点」でもなく、漠とした広がり=「面」でもない。いくつもの繋(つな)がり=「線」をたどる思考により、風景は一変する。

 神奈川県の藤沢駅でJR東海道線と交わる小田急江ノ島線に沿って、カトリック系の二つの女子校と皇族とのかかわりを読者に自然と説く。同じく東京湾も旅した前作『地形の思想史』と読み比べるのも楽しい。本書の副題は「鉄道と宗教と天皇と」。この三つを鮮やかに交差させ、目の前の空間をもとに、目に見えない時間を読み手に想起させる。

 本書の表紙カバーに彫られた地図を触ると、「線」の多さに驚く。

 その跡を各地に見つける著者は、松本清張の生まれ変わりに見える。編集者との微笑(ほほえ)ましい同道も昭和の大作家のようなのに外連味(けれんみ)はない。ジンギスカン、ラーメン、お好み焼きといった「B級グルメ」を玩味する健啖(けんたん)ぶりに親しみを覚えるからだろう。

 酢じめ鯛(たい)の押し寿司(ずし)「小鯛雀寿司」を大阪最南端の駅で食べながら特急を見送る、JR阪和線の旅は古代までさかのぼる。胃袋という現実と、遥(はる)かな歴史の厚みを結ぶ「線」を引く。

 「あるきながら」、そして電車に「乗りながら」自分の肉体によって著者は、これまでのコラムと学術書を、本書でさらに読みやすい人文書に昇華させた。手腕に脱帽する。

 出雲、関西の私鉄、皇居前広場、団地といった、実際の空間を相手に政治のあり方を究める著者の学風は評者たち若い世代に影響を与える。その中でも、エリートのいた場所に焦点を絞る佐藤信の近著『近代日本の統治と空間』(東京大学出版会)は、重厚な成果と言えよう。

 鉄道と政治、本店と夜店を分けずに周縁から近代日本を照らす。著者の「線」はどこまでも伸びていく。

 ◇はら・たけし=1962年生まれ。放送大教授。専攻は日本政治思想史。著書に『大正天皇』など。

読売新聞
2020年11月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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