タイトルと裏腹な内容にのぞくイスラーム研究者“業界”分布図

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イスラームの論理と倫理

『イスラームの論理と倫理』

著者
中田考 [著]/飯山陽 [著]
出版社
晶文社
ISBN
9784794971951
発売日
2020/10/02
価格
2,090円(税込)

タイトルと裏腹な内容にのぞくイスラーム研究者“業界”分布図

[レビュアー] 田原牧(東京新聞論説委員)

 本書の著者の一人はあの中田考氏だ。彼は元大学教授のイスラーム信徒だが、「イスラーム国」志願の青年の渡航を仲介しようとしたり、昨今はラノベ作家としてデビューしたり、その奇行は枚挙にいとまがない。ただ熱狂的なファンもいる。一部の知識人らは彼の「カリフ制再興」の言説に陶酔している。

 その中田氏を直接知る数人がたまに集い、彼の動向について密かに情報交換する会がある。私もその一員なのだが、かかる知識人らとは違い、当人を鋭くかつ厳しく観察しているのだ。

 そんなわけで中田氏を「敵」と見定め、説教をかましてやろうという飯山陽氏の登場に私たちは快哉を叫んだ。彼女は気鋭のイスラーム学者だという。本書では二人が往復書簡の形で、テーマごとに論争を展開している。

 しかし……。残念ながら、この本はどこまでも「中田本」。中田ワールド全開なのだ。

 大きくはない日本のイスラーム研究業界で、中田、飯山両氏はその方角こそ違えど業界の周縁に位置する。だから、まじめにイスラームを学びたい人はその内側にいる人たちに話を聞くべきだ。本書は図らずも業界の分布図を提示している。

 内容以前に、飯山氏が攻めきれなかった根本の理由は勘違いにある。彼女は中田氏を「日本の中東イスラム研究者を代表する象徴的存在」とみるが、それでは他の研究者らが気の毒だ。彼の先輩、同僚、弟子すらも「なぜ、あんなになっちゃったの」と呆れているだけである。

 さらに中田氏を「活動家」と指弾する。でも、彼はごりごりの信徒だ。聖典クルアーンに「おまえの主の道へと英知と良い訓告をもって呼び招け」(蜜蜂章)とある以上、当人に宣教の意思があることは責めようがない。

 淡い期待は水泡に帰したので「中田本」として本書を読み直してみた。ふと目に留まったのは「ずっと自分の世界観、価値観が他の日本人とは違い、理解されないことを自覚して生きてきました」という一文である。

 学窓を離れて以来、彼の周りには生きにくそうな青年らが絶えない。彼がプロテスタント的な「働かざる者食うべからず」といった倫理の対極に生き、神の絶対性を説きつつも、人間関係を求めてやまないからだ。

 だけど理解されない。しかし、それはきっと幸いである。強烈な宗教観は、しがらみにまみれた現世を脱構築する。理解されないこの奇妙な人物の存在を鏡にして、私たちはいっとき、社会や自己と向き合う機会を得ているのかもしれない。

新潮社 週刊新潮
2020年12月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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