鏡影劇場 逢坂剛著 新潮社

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鏡影劇場

『鏡影劇場』

著者
逢坂 剛 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103649076
発売日
2020/09/18
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

鏡影劇場 逢坂剛著 新潮社

[レビュアー] 加藤聖文(歴史学者・国文学研究資料館准教授)

 小説はフィクション。だけれども読者にフィクションと勘(かん)づかれたら失敗だ。実際にあった話とフィクションのギリギリのせめぎ合いが作家の腕の見せどころ。

 マドリードの古書店で見つけたバラバラになった古文書の裏に書かれた謎の楽譜が気になって、大枚叩(はた)いて買ってきたギタリストの倉石。楽譜よりも表面の謎の文章が気になる、かつてドイツ文学を専攻していた妻。そして謎の古文書の相談を受けた、妻の同窓で今は大学でドイツ語を教える女性准教授。この3人に加えて、依頼された古文書をいとも容易に解読する、これまた謎の老学者本間鋭太。ここに中学生らしからぬ妙に利発な夫婦の娘由梨亜(ゆりあ)が絡み合って古文書をめぐる謎が次第に明らかになる。

 謎の古文書は、E・T・A・ホフマンという幻想文学で有名なドイツの文豪の行動記録。日本ではあまり馴染(なじ)みがないが、夏目漱石の『吾輩は猫である』の元ネタといわれる本を書いた作家といえば少しは親しみが湧くかもしれない。つなぎ合わされた古文書からホフマンの音楽家としての挫折と小説家としての開花から46歳での死まで、少女ユリアへの情愛を背景にしながら彼の謎めいた人生が明らかにされる。

 近年の小説には珍しく大部の長篇(ちょうへん)小説で、次第に明らかになるホフマンの実像と本間と由梨亜の関係が鏡のように重なり合いながら山場を迎えてもまだ中盤。中盤過ぎてから少し緊張感が緩んだかに見えると倉石の老母が登場、本間と倉石家の因縁めいた血脈が次第に浮かび上がる。この最終盤は袋綴(と)じになっていて、最後に謎の娘が登場して次作に……?

 時々登場するレストランや引用されるホフマン研究の論文も学者も実在。フィクションをフィクションに思わせない仕掛けが満載だ。構成もホフマン流で手が込んでいる。作者のホフマンに対する愛情と敬意が伝わり、読者にとっても劇場の幕が下りたあとの余韻が心地よい。

読売新聞
2020年12月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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