眠れる美女たち(上)(下) スティーヴン・キング、オーウェン・キング著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

眠れる美女たち 上

『眠れる美女たち 上』

著者
King, Stephen, 1947-King, Owen, 1977-白石, 朗, 1959-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163911564
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

眠れる美女たち 下

『眠れる美女たち 下』

著者
King, Stephen, 1947-King, Owen, 1977-白石, 朗, 1959-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163911571
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

眠れる美女たち(上)(下) スティーヴン・キング、オーウェン・キング著

[レビュアー] 牧眞司(文芸評論家)

◆分断の米社会映す寓話

 「ホラーの帝王」として名高いスティーヴン・キングと、彼の次男オーウェンとの合作。オーウェンはすでに単独の著書もあり、現代文学の表現者として評価を得ている。

 奇妙な疫病が全世界に広がる。すべての女性が罹患(りかん)し、ひとたび眠りにつくとそのまま目覚めることなく、身体から分泌した繊維状物質で繭を形成する。この病は、童話の眠り姫にちなんで「オーロラ病」と呼ばれた。外から無理に繭を破ると、目覚めた女は野獣のごとき狂暴(きょうぼう)さで周囲の人間に襲いかかり、その後また、繭をつくって眠りにつく。

 物語の舞台は、アメリカ東部山岳地方の田舎町ドゥーリング。かつての石炭産業がすたれた斜陽の地である。町を覆いつくすオーロラ病に対し、まだ目覚めている女たちは眠りにつかぬようカフェインやドラッグを摂取し、男たちは妻や娘を護(まも)ろうと躍起になる。都市機能は麻痺(まひ)し、治安はみるみる悪化する。

 そんな中、ただ一人オーロラ病と無縁の存在がいた。暴力沙汰で女子刑務所に収容された(むしろ自分から刑務所に入ったとさえ思われる)、身元不明のイーヴィ・ブラックだ。彼女は普通に眠って何ごともなく目覚める。その上、動物と意思を通わせ、初めて会う人間の身の上を言いあてるなど不思議な力を発揮する。

 謎の女イーヴィの存在を伝え聞き、短絡的な男たち(その多くは男尊女卑的な心情に駆られている)が刑務所急襲を企てる。彼女こそがオーロラ病の元凶と見なしたのだ。一方、刑務所内は一枚岩ではないが、この非常事態に際し、刑務官や服役者のあいだで奇妙な連携ができていく。

 刑務所をめぐる攻防は、善悪や理非の争いではない。堰(せき)を切って人々を押し流す分断の物語だ。オーロラ病が猛威を振るうドゥーリングはアメリカの縮図であり、現代社会の病理が鮮明にあぶり出される。この作品には一意的な正義を担う主人公も、完全中立な人物もいない。この世界で個人に何ができるか? 本書は現実をシビアに反映した小説だが、同時に本源的な問いかけを秘めた寓話(ぐうわ)でもある。

(白石朗訳、文芸春秋・各2750円)

S・キング 1947年生まれ。作家。『シャイニング』『IT』など多数。

O・キング 1977年生まれ。高校時代に執筆をスタート。2005年デビュー。

◆もう1冊

スティーヴン・キング著『ミスト 短編傑作選』(文春文庫)

中日新聞 東京新聞
2020年12月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク