殺人事件と安楽死。二つの死が交差する時、新事実が浮上する。終末期医療のあり方を問う、ヒューマンミステリー

レビュー

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死の扉

『死の扉』

著者
小杉, 健治, 1947-
出版社
双葉社
ISBN
9784575243352
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

元プロ野球選手の妻が殺害された事件に不自然な目撃者が現れた。華岡検事は複雑に絡んだ事件の裏側に迫っていく! 安楽死をテーマに描く力作推理!

[レビュアー] 日下三蔵(書評家)

 殺人事件と安楽死。関係が無いはずの二つの死が絡み合った時、新たな事実が浮き彫りに――。安楽死・終末期医療のあり方を問う、ヒューマンミステリーの本作。その読みどころを書評家の日下三蔵さんが解説する。

 ***

 法廷ミステリを得意とする小杉健治だが、ここ数年は文庫書下し時代小説の人気作家として精力的な執筆を続けている。二〇二〇年に入ってから十月までに、時代小説だけで七社から十三冊を刊行しているのだから凄まじい。

 他に現代ミステリの書下しが二冊、文庫化・再文庫化が二冊、さらに新作単行本の本書が加わって、何と十八冊。十一月と十二月にも新刊が出るだろうから、一年間で著書二十冊を超えそうだ。

 新作のほとんどが書下しであるため、小杉作品が読める小説誌は「小説推理」しかない。この『死の扉』も、「小説推理」に五回にわたって連載された作品である。

 元プロ野球選手の三和田明の妻が自宅で殺害された。犯人は三和田と思われたが、田中という銀行員が三和田宅から逃げ去る犯人を目撃したと証言したため、一審は無罪となってしまう。

 横浜地検の華岡検事は控訴のために事件を再び調べ始めるが、三和田の弁護を担当するやり手の駒形弁護士には、過去の事件で証人や証拠を捏造しているのではないかという疑惑があった。

 華岡は並行して西横浜国立病院で発生した安楽死事件の被疑者・山中医師を担当することになる。マンションから転落して重傷を負った患者を安楽死させて欲しいと山中が家族から頼まれているのをベテラン看護師が聴いており、報告を受けた同僚の植草医師が告発したのである。

 その時に死亡した田中淳が、三和田の事件で証言をした田中真司の長男であることを知り、華岡検事はふたつの事件に関連があるのではないかと考えるのだが……。

 華岡の母は末期がんで余命宣告を受けていたが、彼は幼少期の出来事が原因で母を避け続けていた。実の父が亡くなる直前、母が病院で医者に、父を楽にしてやってくれと頼んでいるのを聴いてしまったのだ。

 つまり華岡は、父が安楽死させられたのではないかという疑いを抱えて生きてきたキャラクターであり、彼自身と家族との蟠(わだかま)りが解けていく過程が、事件解決への道筋と重なっているところが、この作品のミソになっている。

 ちなみに連載開始前の予告では、『家族殺し』というタイトルになっていた。どの家族も重い秘密を抱えながら生きていて、それが謎解きとしっかり結びついているのが、デビュー以来変わらぬ小杉ミステリの持ち味だろう。読み応え充分の力作である。

小説推理
2020年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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