第66回江戸川乱歩賞受賞作『わたしが消える』佐野広実インタビュー

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わたしが消える

『わたしが消える』

著者
佐野, 広実, 1961-
出版社
講談社
ISBN
9784065211205
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

第66回江戸川乱歩賞受賞作『わたしが消える』佐野広実インタビュー

[文] カドブン

今年も江戸川乱歩賞受賞作刊行の季節がやってきました。エンタメ系新人賞のなかで、最も競争の熾烈な賞のひとつである本賞を射止めたのは、これが“二度目のデビュー”となる期待の新人です。波瀾万丈の執筆人生と、本作にかける意気込みについて伺いました。

――ご受賞おめでとうございます。受賞作は、軽度の認知障碍となった元刑事の主人公が、ある介護施設の門前に放置されていた、謎の老人男性の身許を調べていく、というミステリです。実は、その老人男性にも認知症の疑いがあり、意思の疎通ができず……というストーリーですが、「認知症」をテーマとしたのはなぜでしょうか。

佐野:数年前に見たニュースがきっかけです。認知症になり、外を徘徊しているうちに、行方不明になってしまう方が年間一万人もいるというもので、とても驚きました。その後、私の母が認知症を患ったこともあり、個人的にも身近なものとして認知症について、また介護について考える機会を得、これをテーマに書こう、と思ったんです。

――ある人物の過去を、探偵役の主人公が足を使って探っていく。正統派のハードボイルド作品、という印象を受けました。

佐野:ハードボイルドの定型の一つとして、失踪人捜しというものがあって、その手法が使えると考えたんです。今回は、失踪人ではなく、謎の老人男性の身許と過去を探るという話ですので、ちょっとした変形にあたるでしょうか。

――同じ乱歩賞受賞作、一人称による作品ということで藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』を想起する読者もいるかもしれませんね。

佐野:自分でもちょっと意識したところはありました。もともと八○年代、九○年代の冒険小説が好きなんです。船戸与一さんや北方謙三さんの作品はよく読みました。その系譜で言うと、本作は志水辰夫さんの影響を受けているかもしれません。

――ネタバレを避けるため、詳しくは書けませんが、謎の老人男性の身許を調べていくうちに、「震災」という二つ目のテーマにぶちあたります。

佐野:書き進めていくうちに、平成の三十年を総括し、現在の日本社会を顧みるような作品にできないだろうか、と考えるようになりました。振り返ってみると、平成には、阪神・淡路大震災と東日本大震災という大きな二つの震災がありました。私は、この二つの震災が契機となって、いまの不寛容な社会のムードが加速したのではないかと思うんです。

――見事にストーリーに絡んでいて、社会的に大きな事件や出来事が、ひとりひとりの個人史と切り離せないものなのだな、と改めて感じました。

ところで、二十一年前、一九九九年に松本清張賞を受賞され、「島村匠」名義で一度デビューされています。これまでの執筆歴についても伺えますか。

佐野:松本清張賞は幕末が舞台の時代小説で受賞しました。その前に、六年間くらいは投稿を続けていたでしょうか。それからいくつか本を出しましたが、その後、しばらく書けない時期が続きました。

――スランプで?

佐野:二つ理由があって、一つは物理的な要因。私はずっとワープロを使って書いていたのですが、パソコン全盛の時代になり、ワープロ自体が手に入らなくなって書けなくなったんです。パソコンを導入したのはつい十年ほど前です。

 もう一つは、心的要因、スランプですね。書こうとはするんですが、書いていて手応えがなかったというか……。最後まで走り切れるようなテーマや題材に出会えていなかったのかもしれません。

――今はどんなスケジュールで執筆を続けていらっしゃるのですか。

佐野:週二日、高校の非常勤講師として働き、残りの五日は全て執筆に充てています。小説を書くためには時間が必要ですからね。

――その生活はどれくらい続けていらっしゃるんでしょうか。

佐野:大学を卒業してからずっとです。

――え……!? 六一年のお生まれで、八○年代前半に卒業されたとして……。四十年近くですか?

佐野:専任になると自由が利かないので。博打ですよね。

――いま、再デビューをお祝いしたい気持ちがいっそう強くなりました。

最後に、受賞第一作についても訊かせてください。

佐野:受賞作の流れを汲んだものをというオーダーを受けましたので、実在の連続変死事件をモチーフにした作品などを考えています。

――今日はありがとうございました。

取材・文:編集部 

KADOKAWA カドブン
2020年12月16日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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