ジェンダーの壁が崩された先にある景色

レビュー

4
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肉体のジェンダーを笑うな

『肉体のジェンダーを笑うな』

著者
山崎 ナオコーラ [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087717327
発売日
2020/11/05
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

ジェンダーの壁が崩された先にある景色

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 性別をめぐる社会通念に感じる違和を丁寧に描いた中短篇集。ジェンダーの壁が崩された先にある景色は、思いがけず広々として、いい風が吹いている。

「父乳の夢」の哲夫と今日子のカップルに子供が生まれ、哲夫は「父乳」を出せるようになる治療を受ける選択をする。二人はそもそも性別役割分担にとらわれておらず、子育てに向き合いたい哲夫は仕事を辞めて、母親の今日子が職場復帰する。

 哲夫の乳房はBカップになり、ユニクロのブラジャーをつけ、卒乳を前にすると感情が不安定になる。母親でなければ、と言われる決定的な条件がテクノロジーの力で補われたとき、彼らはどんなふうに育児に向き合うことになるのか。「胡蝶の夢」の故事をふまえたタイトルは、家族が社会的な視線に常に取り巻かれていることも意識させる。

「笑顔と筋肉ロボット」の紬は、「かわいがられることが大事」と教えられて育つ。アルバイト先で知り合った健と結婚し、重い物を持つなど、自分にできないことを健に助けられて生活してきたが、電車に流れる筋肉ロボットのCMを見てこれを買い込み、ひとりで何でもできるようになる。だからといって、互いが不要、という結論にはならない。

 小説は、「男」や「女」という言葉を注意深く避けて書かれている(「父乳の夢」で、タクシー運転手から赤ちゃんの性別を聞かれる場面にだけ、「男の子?」「今のところは女の子かなと思ってます」というやりとりがある)。作家自身のプロフィールも「作家。親。性別非公表」となっている。

 テクノロジーの力を借りて、これまでできなかったことができるようになることが、ディストピアではなく、人間の可能性を広げ性差の通念を問いなおすきっかけとして描かれる。テクノロジーの進歩を待たずとも、この小説を読めば、性差についての自分の認識を一歩外側から見つめることができる。

新潮社 週刊新潮
2020年12月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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