『関西酒場のろのろ日記』
書籍情報:openBD
関西庶民文化を地べたから観察 ダシのきいた酒場のエスノロジー
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
どこにでもある平凡な店のようで、入ってみたらなかなかの個性派。そんな居酒屋をめぐり歩いた酒場紀行だ。スズキナオは、昨年の著書『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)以来、注目しているライター(男性ですよ)。わたしは酒を飲まないせいでこの人を知るのが遅すぎた。自分を大きく賢く見せようとしない、いい文章だ。実際の経験を濾過して、ダシがきいているがしつこくない文章に仕上げる、繊細なフィルターのような人だと思う。
関西の「濃い」居酒屋、みなさん容易に想像できるだろう。そのにぎやかさ、一見の客も遠慮なくまきこんでくる感じ、驚きの安さとうまさ。でもここには、それ以上のものが描かれている。お店のデータも掲載して酒場案内の体裁をとってはいるが、これは現代の関西庶民文化を地べたから観察した、酒場のエスノロジーなのである。
他の客にちょっかいを出し、若い女性を触ったりもする、酒癖の悪い常連さんがいる京都の店。後日、平謝りのうえ「もう絶対にしません」という念書まで提出しても常連さんの酒癖はなおらず、ついに出禁をくらうのだが、店主は「最低一ヶ月は飲まさへん」などと言っている。出禁は永久ではないのだ。「そらまあ、あんなやつ、他に飲む場所あらへんやろからなあ」だそうである。
大阪・西成の店では無抵抗のおじさんに二人の女性酔客がからみ、暴言を吐く。店主は「今なんて言うた」「帰れ」と激しく叱るが、周囲の客が上手にとりなしてしまう。同じ大阪の京橋では、たまたま相席になった人が一杯おごってくれる。その人も、さっき他の人に一杯ごちそうになったからだという。「兄ちゃんも気が向いたら誰かに“恩送り”してな」というセリフがいい。
こういう人間関係を、ひょうひょうと受け止める。それがスズキナオだ。