さまざまなジャンルに挑戦しつつも夭逝した小林泰三のベストを選ぶ

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  • 大きな森の小さな密室
  • アリス殺し
  • 玩具修理者
  • 密室・殺人

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さまざまなジャンルに挑戦しつつも夭逝した小林泰三のベストを選ぶ

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 去る11月23日、作家の小林泰三氏が58歳の若さで世を去った。ここしばらく闘病中だったことを不覚にもまったく知らず、同世代のSF仲間の突然の訃報に茫然とするほかなかった。長年勤めた大手メーカーの研究職を退いて以降、さまざまなジャンルの話題作を目覚ましいペースで刊行。『大きな森の小さな密室』『アリス殺し』(ともに創元推理文庫)が続々ベストセラーになり、いよいよ小林泰三の時代が到来したかと思っていたのに……。

 デビュー作は、第2回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した『玩具修理者』(角川ホラー文庫)。作家・小林泰三の(非ヒューマニズム的な)人間観と黒いユーモアが如実に出た秀作だが、それ以上にSFファンを驚かせたのは、同書に併録された「酔歩する男」だった。280枚という、短い長編並みのボリュウムを持つこの作品は、時間の中を量子ランダムウォークする男(ヴォネガット風に言えば“痙攣的時間旅行者”)を描いた画期的な本格SF。“タイムトラベルは、能力ではなく、能力の欠如である”というアイデアがきわめて新鮮かつ先駆的で、日本の時間SFのオールタイムベストに数えられる。

 しかし、SFの代表作を1冊だけ選ぶなら、小林流ハードSF短編集『海を見る人』だろう。中でも表題作は、ブラックホールの近くでは空間が曲がり、時間の流れかたが場所によって変わるという科学的事実(プラス岸和田だんじり祭)をもとに、(クリストファー・ノーラン監督の映画『インターステラー』の百倍エレガントに)見たこともない光景とリリカルな詩情を紡ぎ出した傑作だ。同じ時空SFでは、『天体の回転について』(ハヤカワ文庫JA)に収められている「時空争奪」も、この2作に負けない、超弩級のインパクトを誇る。

 最後に、ミステリ方面の私的ベストは、著者初の本格ミステリ長編『密室・殺人』(創元推理文庫)。昨今大流行している特殊設定本格ミステリの極北とも言うべき作品を今から22年前に書いていた小林泰三の先見性に驚くしかない。

新潮社 週刊新潮
2020年12月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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