荷風がカフェーで遭遇した酒癖の悪い文士たち

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摘録 断腸亭日乗 上

『摘録 断腸亭日乗 上』

著者
永井 荷風 [著]/磯田 光一 [編集]
出版社
岩波書店
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784003104200
発売日
1987/07/16
価格
1,045円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

荷風がカフェーで遭遇した酒癖の悪い文士たち

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「酒乱」です

 ***

 日本最初のカフェーは明治四十四年に銀座に出来たカフェー・プランタン。

 永井荷風は米仏からの帰国後、友人たちとここを訪れたが、思わぬ災難に遭ってしまう。

 日記「断腸亭日乗」の大正十四年一月十六日にその時の思い出を記している。

『摘録 断腸亭日乗』(上下巻)によると、その日、荷風が友人たちと店で歓談していると、偶然、作家の押川春浪が壮士風の男たちと酒を飲んでいた。荷風たちに気づくとからんできた。荷風はなんとか難を逃がれた。

 押川春浪(一八七六―一九一四)は冒険小説作家。いまでいうSFを書いた。

 しかし、荷風には印象が悪かったのだろう、日記に書く。「春浪は暴飲の果(はて)遂に発狂し、二、三年ならずして死亡せしなり」。相当の酒乱だったようだ。

 カフェーは昭和になって隆盛した。女給によるサービスが人気になった。

 荷風は銀座の人気店太牙(タイガ)によく出かけたが、ここでまた酒癖の悪い文士に遭遇してしまった。

「日乗」昭和二年七月六日。「この夜文士辻順(ママ)と称する者余に対して暴行をなさんとす。倉皇(そうこう)として逃れ帰る」。

「辻順」は正しくは「辻潤」(一八八四―一九四四)。ダダイストの詩人。放蕩無頼で、泥酔して警察に保護されたこともあるし、精神病院に入ったことも。

 酒場で、酒癖の悪い客と出会うことほど不快なことはない。荷風は運が悪かった。ちなみに荷風は酒はたしなむ程度だった。

新潮社 週刊新潮
2020年12月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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